『保健室経由、かねやま本館。5』(松素めぐり)

傷ついた中学生のための期間限定の湯治場「かねやま本館」の物語第5弾。今回の主人公は、ペットが死んだことをきっかけに瞬く間に一家離散という不幸に見舞われた少年ミキ。ペットロスで母親はうつ病になります。憔悴した母親に対して父親は「怠けるな」と暴言を吐き、病気はますます悪化。母と妹は祖母の家に引っ越し、家には父親とミキが取り残されます。
解体業の会社の経営者である父は、自分の生き方に誇りを持っていて、息子にも「簡単に弱音を吐くなよ、人に甘えるんじゃねぇぞ」と説教していました、ミキもその教えに従って、マチスモの呪いに囚われています。かなり強力な呪いにかかっているので、温泉の湯の効能も「我慢」「忍苦」「忍従」「心労」と、重いものばかりでした。
作中でミキと対になるのが、隣家の同級生ボンです。ボンの家は父子家庭の子だくさんでなにかと生活に不自由していたので、近所の人々から様々な援助を受けていました。ミキは「かわいそうだから」「優しくしてあげなきゃ」という思いで、ちょっと抜けたところのあるボンに親切にしていました。ミキにとって他人を助けることは、マウンティングと同然なのです。今度は立場が変わってミキの家の方が大変になったので、ボンの一家はミキを五右衛門風呂に入れようとしたり食事に誘おうとしたりしてきます。もちろんボンたちにとってこれは厚意でしかないのですが、ミキの価値観ではこれはマウンティングし返されるということになるので、素直に受け入れることができません。他人に助けを求めることができなくなる男性性の呪いは、かなり厄介です。
さらに困ったことに、この巻から「かねやま本館」小夜子さんのライバル格として「かねやま新館」華世子さんという新キャラが登場し、ミキの心を乱します。「かねやま新館」は「かねやま本館」と異なり、お客さんとしてもてなされるのではなく自分がオーナーとなる別荘のような空間なのだといいます。ここでは他人に甘えることのない自立した大人扱いされることになるので、ミキにとって都合はいいのですが、ここを選んでしまうとさらにマチスモの呪いが強化されることになります。
たちが悪いのは、華世子さんはミキが片思いしている女子にそっくりな顔に化粧を施して大人っぽくなった容姿で「いっしょにいてくれる人がいればいいなぁ」と誘惑してくることです。やや品のない読みになりますが、これは身体的精神的に満たされなくてもトロフィーワイフを手に入れることで男性として成功すればよいという誘惑であるととれます。さらに下品な発想をすると、「かねやま新館」は別荘なので、トロフィー妾宅であるとも考えられます。このままではミキはどんどんマチスモをこじらせ、旧時代に「男の甲斐性」とされていたものにまで堕ちてしまうことになります。
そのうえさらに、現実の学校生活ではあんなことまで起きてしまうのですから、ミキのメンタルはボロボロです。シリーズのなかでも一番主人公の追いこみ方がエグかったのではないでしょうか。