『泣き虫スマッシュ! がけっぷちのバドミントンペア、はじまる!?』(平河ゆうき)

第10回角川つばさ文庫小説賞金賞受賞作。親の離婚で東京からうどん県に引っ越したバドミントン女子が、新天地で新たなパートナーとの未来を探す物語です。
主人公の奈央が東京でダブルスのペアを組んでいたのは、シングルスでは小1のころから5年連続全国大会優勝という化け物じみた天才少女千里で、「神童」という二つ名まで持っていました。その自信ゆえ、ダブルスのペアは誰でも変わらないと豪語しています。奈央との別れの場面でも遊びに行くとかの話しかしないので、奈央は内心「こいつは、本当にあたしを友達としか思ってないな~」とつぶやきます。つまり、競技上の仲間ともライバルとも思われておらず、プレイヤーとしては全く眼中になかったということです。ここで発憤した奈央は、大会まで千里に会わないと宣言します。元ベアに対するこの湿度高めの感情が、奈央の駆動力になります。
さて、新しい学校で奈央は、自分と対照的な高身長女子のことりに目をつけ、勧誘します。これが奈央と並ぶもうひとりの主人公です。しかし、背の高さからスポーツ選手として勝手な期待を抱かれることにうんざりしていたことりは、奈央の誘いを拒絶します。このふたりが関係を深めていくさまが、この作品の最大のみどころです。
作品は、人と人は違うのだということに丁寧に向き合っていきます。単純な話、身長差があれば見えるものが異なるのは当たり前です。象徴的な場面が、奈央が憧れている選手の試合の動画をことりに見せるところです。ことりは奈央とは全く異なる視点から試合を見つめていて、別のことを考えていました。ここで軽くスポーツのナショナリズムを乗り越えてみせるところにも、好感が持てます。
現時点では千里やライバルキャラは、主人公サイドからは完成されているようにみえます。おそらく今後、ライバルたちも同じものを見ているようでそれぞれ違うことを考えていたということが掘り下げられていくものと思われます。
スポーツものとしての王道展開が読ませ、キャラクターも魅力的。つばさ文庫小説賞にふさわしい安定したエンタメ作品です。特に、1巻のライバル役として登場した『讃岐の双虎』という二つ名を持つ双子がかっこよくて、主人公ペアを食ってしまいそうなくらいでした。2巻以降ライバルが増えれば、さらに盛り上がっていくことでしょう。長く続くシリーズになってもらいたいです。