『満天inサマラファーム』(長谷川まりる)

高校2年生の満天は、王国に住んでいます。王様は父親のタクさんで、満天は王様に目をかけられたいちばんの家来。タクさんはサマラファームというオーガニックファームの経営者で、自給自足の生活に憧れた人々がたくさんやってきて居ついたりすぐにいなくなったりします。満天はサマラファームでの生活のせいで野良仕事スキルは高くなっていますが、他の人々とは違い自分で選択してこの生き方をしているわけではないので、いずれはここを出ていくつもりでいます。ここに瑞雪という新たな仲間が加わったことから、満天の運命は動き始めます。満天からみたら瑞雪は都会のひょろい大学生だったので、どうせすぐに音を上げて逃げ出すものと侮っていました。ところが、仕事は全然できないのに瑞雪はなかなかサマラファームから出ていきません。
まずこの作品で読むべきなのは、タクさんという強烈なキャラクターでしょう。彼の生き方は、ある種の意識高い系の人々を引き寄せます。しかしタクさん自身はジャンクフードも平気で食べるという適当なところもあります。彼の最大の美点は人間が好きなところです。ただしそれか行き過ぎて、人間に対してヤンデレになる厄介さも持っています。
モラハラパワハラ人種差別などの側面を取り出せば、タクさんの人格はアウトです。自分の意志でサマラファームの門を叩き、その上でタクさんの人格についていけないと思った人は、黙って彼のそばから立ち去るでしょう。しかし、子どもは家庭環境を選べません。身内だからこそタクさんに幻想を持たず、一方で身内であるがゆえの思いこみも思い入れも持っている満天の、複雑な心境が描き出されていきます。
われわれは現実やフィクションで毒親や虐待親を目にしたとき、「こんなやつには親になる資格はない」と断じてしまいたくなります。しかしこの作品では、そういう安易な断罪をしてしまうと優生思想になりかねないデリケートなケースを扱っています。また、精神的な病を持つ人に詰問してはいけないという正義と、子どもには知る権利があるだろうという正義が対立し、どちらを優先させるべきか絶対的な答えは出せません。作品は、正解のない複雑な問題に果敢に踏みこんでいます。