『病院図書館の青と空』(令丈ヒロ子)

本が大好きな小学五年生の空花は、転校のせいで暗い人生を過ごしていました。本の好きな友だちからは引き離され、学校図書館は大外れのやつで、公共図書館も書店も家の近くにはないという最悪の環境。まるで前に読んだことのあるお話のように、本の存在しない異世界に転生したようだと空花は絶望します。そのうえ、病気で入院する事態になって、踏んだり蹴ったり。しかし、暗黒の人生を照らす光は、その病院内の図書館にありました。
この作品の憎いところは、本好きの読者の心の琴線をうまい具合にくすぐってくれるところです。本の中から本好きで話のあう女子が出てきて本の世界にいざなってくれ、そこでやることはピッピのジンジャークッキーを失敬したり赤毛のアンラズベリー水(?)で乾杯したり。世界名作グルメ食べ歩きとか、そんなの最高に決まってるじゃないですか。
空花の本好き特有の浮き沈みの激しい思考も、読者の共感を呼びます。空花はいろんなお話を読んでいて物語のパターンを知っているので、自分の身に起きている事態をそのパターンに当てはめて考えたりします。これも本好きあるあるです。さらに、「空花がこう考えてるってことは、実はこのパターンじゃないのか……?」と、読者の予想も揺さぶってきます。読者は完全に令丈ヒロ子の手中でもてあそばれることになります。
この作品に解説は必要ありません。なぜなら、すでに令丈ヒロ子は「S-Fマガジン」2019年2月号に自作解説を寄稿しているからです。つまり、この作品は「百合と異界は児童小説の伝統」というマニフェストを発表した後に提出された実践なのです。
異界で得られる友愛には衝突もつきものです。甘さのなかには常に苦さがあり、逆もそれにしかりです。そしてそれは、現実の世界でも変わりません。空花の運命が、ままならない現実と向きあう勇気を読者に与えてくれます。
本を閉じても魔法は消えないのだということを信じさせてくれる演出の優しさに救われます。この作品は、本の愛するすべての人類に贈られた祝福です。