『車のいろは空のいろ ゆめでもいい』(あまんきみこ)

「車のいろは 空のいろ」シリーズの新作です。『星のタクシー』以来22年ぶりの新作です。第一作『車のいろは空のいろ』の刊行は、1968年。「くましんし」が「びわ実学校」で発表されたのは1965年のことでした。この年月の重みは、なかなか想像ができません。
国語教科書の定番教材だったのでもっとも有名な短編になっている「白いぼうし」を読めばわかるとおり、このシリーズは多層的な世界を描いています。それゆえ、掘ればどこまでも深掘りした読みが可能になります。そういった特性がよく表れているのが、はじめに収録されている「きょうの空より青いシャツ」です。
タクシー運転手の松井さんは、明らかに変身に失敗している子だぬきを乗せます。完全に松井さんを化かすことに成功したと思いこんだ子だぬきは、別れ際に「うそ、ついてたの」と謝罪します。ここで松井さんはかえってきょとんとしてしまいます。松井さんにとっては人外の乗客を乗せることは当たり前のことなのに、それを知らない子だぬきにとっては化かしてタクシーに乗ることは謝罪が必要な悪事であると認識されます。その齟齬が、この作品にかわいらしいおかしみを与えています。そして、この常識を共有している松井さんと読者のあいだに共犯関係が生まれます。この作品が本の最初に配置されていることには、もちろん作為があります。
もうひとつ注目すべき作品を紹介します。自分のおとうとを探しているという男の子を乗車させる「ジロウをおいかけて」です。物語は、犬を飼うことが「非国民」と呼ばれていた時代に接続されます。あまんきみこは1931年生まれ。戦争を実体験として語れる世代の現役作家の言葉は、深刻に受けとめなければなりません。
世代を超える作品は必然性があるからこそそれができるのだということを実感させられる本でした。