『彼女が生きてる世界線 1 僕が悪役に転生!? 』(中田永一)

あの中田永一が児童書初挑戦という触れ込みで登場した話題作。サラリーマンの青年がトラックに轢かれて転生した先は、熱烈にのめりこんでいたアニメ『きみといっしょにあるきたい』(略称『きみある』)の世界でした。『きみある』は高校生たちが主人公の青春もので、青年が転生したのはその世界で悪役として暴虐の限りを尽くしていた城ヶ崎アクトでした。アニメ本編の最後では、有力者の父が失脚してアクトも追放される運命にあります。幸いなことに(?)アニメの物語が始まる前の12歳の時点で前世の記憶を取り戻したので、アクトは運命を変えるために準備を開始します。しかしアクトにとって最優先事項は自分の追放の運命を変えることではなく、やがて白血病で死んでしまう運命にあるヒロインのハルの命を救うことでした。
追放される日に備えて貯金箱にお金を貯めておくという地道な努力が笑えます。ハルの手助けの方も、骨髄移植のドナー登録啓発の街頭ボランティアに立つという地道なものから始めます。それでいて、転生者の知識とこの世界が「作品」のなかであることを利用して莫大な金儲けを企てるアイディアの切れ味でも楽しませてくれます。
この作品の肝は、この作品が多くの人々の愛や技術や大人の都合などで製作された「作品」のなかの世界を描いているところにあります。主人公の名が「act」であることは、彼もまた作品のなかでなんらかの役割を持っているということを示唆しているのでしょう。
ここが作品内であるという仕掛けにより、「彼女」を救おうとするアクトの願いの切実さが光ってきます。終盤でアクトは、『きみある』のシナリオライターにこのような異議申し立てをします。

「ふざけんな、クソシナリオライターめ……。ヒロインを殺せば感動するとでも思ってんのかよ。」

ここで皮肉なのは、アクトの叫びの宛先はあくまで『きみある』のシナリオライターで、「彼女」を取り返しのつかないかたちですでに殺している『彼女が生きてる世界線!』のシナリオライターには向けられていないということです。そういう文句は、安易に女の子を殺して読者を感動させようとする『一ノ瀬ユウナが浮いている』の作者みたいなやつにこそぶつけるべきです。

もちろん百戦錬磨の実績を持つ作者は、そんなことは重々承知のうえでやっているのでしょう。シリーズは全3巻の予定、最後まで目が離せません。