『まんぷく寺でまってます』(高田由紀子)

まんぷく寺でまってます (ポプラ物語館)

まんぷく寺でまってます (ポプラ物語館)

寺の息子の裕輔は、坊主頭をからかわれるのがいやだったり、家が山奥で一緒に帰る友だちもなく通学が大変なのがいやだったり、自分の境遇に不満たらたらでした。そんな裕輔にさらなる不幸がやってきます。4年生の2学期の席替えで、全然しゃべらない雪女みたいな美雪の隣になってしまい、暗い気分になってしまいます。しかし、まんがを描くことが好きだという共通の趣味が見つかって、美雪との仲がだんだん深まっていきます。
美雪はもともと口数の少ない子でしたが、父親と死別してからさらに話さなくなっていました。この作品で描かれているのは、人に沈黙を強いるものとの戦いです。強制される沈黙は日常のなかにも潜んでいますが、そういうものから人を解放するが文学のひとつの役割です。
といっても、作品はそんなにシリアスにはみえません。ふたりの距離が縮まっていくさまが、ユーモラスにゆったりと語られていきます。
山奥の寺、木につるされたブランコ、そこから見える風景。住んでいる人には日常でも、外部の人からはちょっとした非日常に感じられる絶妙な空間が子どもの気持ちを解きほぐしていく場面には、心を揺さぶられます。
清く正しい児童文学のお手本のような作品。とても手慣れた感じがして、これがデビュー作とはちょっと信じがたいです。