『こんぴら狗』(今井恭子)

こんぴら狗 (くもんの児童文学)

こんぴら狗 (くもんの児童文学)

江戸時代、事情があって讃岐の金比羅参りに行けない主人に代わって犬に旅をさせる「こんぴら狗」という風習がありました。それを元にした児童文学です。
主人公のムツキは、江戸瀬戸物町の線香問屋の娘弥生に拾われ大事に育てられた犬でした。この家では子どもが育たず、跡継ぎになるはずだった息子が次々に亡くなり、弥生が婿を取るしかないという事態になっていました。しかし弥生も病気にかかってしまいます。弥生の快癒のため最後の希望を託して、ムツキが金比羅参りに派遣されることになります。
ムツキの内面はほとんど擬人化されておらず、人間っぽい感情は持っていません。あるのは一次的欲求や恐怖心くらいです。読者は感情のない犬の背後から、旅の道連れになる人々の人生の一端を眺めることになります。江戸時代ですから、いまより人命は軽く、つらいことがたくさん起きます。感情のない犬を媒介にするという距離感から、作品はほどよい宗教性を帯びているように感じられます。
それにしても、金比羅参りを果たした復路でムツキがまさに畜生であったことを印象づけるエピソードを出してくるとは……。そういうところを含めて、かなり計算して設計されている作品のようです。