「海賊少女チャリィ」全3巻(吉村夜)

00年前後に一瞬だけ、ポプラ社の「P‐club」という児童文庫レーベルが存在していました。1999年から2000年にかけて12点刊行されていました。この時期は「シェーラひめのぼうけん」はもうシリーズが始まっていて、まもなく「少女海賊ユーリ」「妖界ナビ・ルナ」シリーズが開始されフォア文庫が全盛期を迎えようとしているころでした。もう忘れられかけていますが、「P‐club」も現在の児童文庫活況を準備する試みのひとつであったと評価できるでしょう。その「P‐club」から、「海賊少女チャリィ」シリーズを紹介します。
著者の吉村夜は第11回ファンタジア長編小説大賞準入選作『魔魚戦記』(2000)以降ライトノベル作家として活躍していますが、出発点はポプラ社から刊行された児童文学『メルティの冒険』(1998)でした。イラストは『メルティの冒険』も「海賊少女チャリィ」シリーズも佐竹美保で、児童文学ファンタジーの超王道という感じがします。

主人公は、有名な海賊団『流れ星』のおかしらニベルダンを父に持つ少女チャリィ。すでに父のもとから逃げている母親と同じくチャリィは海賊稼業がそんなに好きではなく、みんなで漁師に転職すればいいのにと思っています。でも、『流れ星』はこのところあまり海賊らしい大きな仕事をしてなくて、すでに実質漁師状態でした。そんななか、莫大な軍用金を運ぶ巨大軍船を襲うという計画が持ち上がります。さすがに『流れ星』だけでは難しいので、ライバルの海賊団に協力を呼びかけますが、なかなかうまくいかず計画が難航します。
作品世界のつくりこみが、物語のおもしろさを彩っています。たとえば、作中で使われる長さの独自単位が「人歩」「竜歩」というもの。説明がなくても意味は伝わり、こことは違う世界なのだという感じを与えてくれる、うまい名づけです。クソデカ軍船の大きさが「三竜歩」であると明かされた瞬間、そのスケール感がダイレクトに伝わってイメージが広がります。
また、船をさまざまな水棲生物が曳航するという設定も、それぞれの船の個性をわかりやすく引き立ててくれます。クソデカ軍船を曳くのは大タゴというので、また攻略の難しさをにおわせます。
そして、もっともかっこいい設定は、登場人物にそれぞれ二つ名がついていることです。海賊団の仲間の『天才詩人』プラトスは、自称天才詩人の突撃隊長で、下手な詩でいつも仲間たちを沈黙させます。『占い屋』キュラナは不吉な占いばかりして「フェフェフェフェ」と笑っているばあさま。二つ名のおかげでそれぞれの役割もわかりやすくなっています。一番かっこいい二つ名の持ち主は、主人公のチャリィです。右目が金貨色左目が銀貨色のオッドアイだから『金貨銀貨』チャリィ。めっちゃかっこいいです。
第1巻は、絶望的な戦力差での海戦という、海賊ものの基本でまずもてなしてくれます。チャリィが砂浜で拾った航海日誌に、海の九つの不思議のひとつに数えられる『エウレナダ』に関する情報が記されていました。海をふらふらさまよっていて行方がつかめない島で、そこに生息しているコハクガメの甲羅が高値で取引されているので、海賊の冒険の対象としてはかなり魅力的です。
旅の途中で、魔力で動くカカシを従えている得体の知れない海賊『稲妻』ラディンが仲間に加わります。島にたどり着くと、巨大な塔の周囲にコハクガメの群れがいました。光の当たり角度によって甲羅の輝きが変わるコハクガメが、幻想的な光景をみせてくれます。しかし、サルのような小人たちの襲撃を受け、海賊たちは捕縛され大ピンチに陥ります。
第2巻は趣向を変えて、怪奇色の強い秘境冒険ものになっていました。さまよう島という舞台の魅力と、悪役の造形の異様さが、ファンタジーの闇を成立させています。第3巻は、大海賊であるはずの『将軍』バンガネロがリンゴを買い占めてみんなを困らせるというケチな商売を始めたことが物語の発端になります。その謎を探るうちにチャリィたちは大陰謀に巻きこまれます。そして、ある事情でニベルダンが不在になってしまい、チャリィが父親の代理でおかしらになって、高い崖の上にある難攻不落の牢獄を攻略するという難題に挑まなければならなくなります。
過去最大の難敵の登場で、冒険小説として大いに盛り上がります。さらに第3巻は、児童文学的な成長物語としても充実した内容になっています。
娘という立場から、おかしらという立場になることで、チャリィはふだんとは異なる視点を得ます。いつもぐうたらしているだけに思えた父親や、ぼんくら揃いに思えた仲間たちが、それぞれ役目を背負って活躍していたことを知ります。新しい知見をもとにチャリィは自分の生き方を考えていきます。また、自分と同じ立場であるバンガネロの娘と親交をあたためていく様子もみどころです。
ファンタジーの蜜、冒険小説の蜜を存分に味わわせてくれるシリーズだったので、たったの3巻で終わってしまったことが惜しまれます。90年代後半から00年代にかけての児童文庫でのライトファンタジーブームの佳作のひとつとして記憶されるべき作品です。