さくらの自虐も交えたユーモラスな語りは、今巻でも絶好調です。まず自分の疫病神体質を、「立てば爆発、座れば凶弾、歩く先には事故の山」というダジャレで紹介します。でもこれは、暗に自分の美貌を自慢しているようにも受け取れます。こんなダジャレから始まって、ルッキズムという現代の児童文学の重要テーマに踏みこんでいくところに、この作品のくせ者性があらわれています。
探偵役の安土真は性格最悪で口が悪いので、道徳的なお説教をするわけではありません。
女子なんて、大人になればメイクの仕方を覚えて、いくらでもきれいになれるんだ。(中略)なにしろ男ってのは、きれいな女の人よりもきれいなメイクをしている女の人のほうが好きなんだからな。
え、その理屈だとルッキズムを煽っている美容業界に荷担することになるのでは? そこに意識が原始時代のウータンがさらにアホなことを言って、問題がずらされます。これは正攻法からの解決にはなりませんが、ある程度犯人の心を救ってはいます。
ミステリとしてもくせ者で、「冷八家空流(冷ややかクール)」とかいう珍名の人がたくさん登場するのが当たり前の世界だと思わせておいてそこを事件発生のきっかけとしている手の込み方がすごいです。