どっこいジュヴナイルSFは生きていた―21世紀ジュヴナイルSF必読ガイド30選(中編)―

どっこいジュヴナイルSFは生きていた―21世紀ジュヴナイルSF必読ガイド30選(中編)

科学探偵部ビーカーズ!―出動!忍者の抜け穴と爆弾事件 (ポプラポケット文庫)

科学探偵部ビーカーズ!―出動!忍者の抜け穴と爆弾事件 (ポプラポケット文庫)

はじめに、「ズッコケ三人組」シリーズや「かいけつゾロリ」シリーズなどが有名な、娯楽系児童文学に強いポプラ社ジュブナイルSFを紹介します。
ポプラポケット文庫の「科学探偵部ビーカーズ!」は、東京都才円巣区立野辺流小学校の科学探偵部に所属する天才発明少年孫エイジと天才推理少女胡瓜マリの活躍を描いた、理系探偵小説です。
この作品の魅力は、やたら理屈をこねて自然科学の楽しさを伝えている点にあります。たとえば2巻の冒頭では、マッドサイエンティストのラボが爆発するというお約束の展開に、わざわざ床に落ちてたゴミくずにルーペの焦点がたまたまあって引火したという説明を与えます。そしてこの知識を、その後訪れるピンチを切り抜ける際に活用するのです。あらかじめ布石を打っておいて、それをのちにうまく活用する。この巧みな構成で、読者は素直に「科学すげえ」「人間の知恵すげえ」という感想を持たされてしまいます。
作者がラノベ出身だけあって、ひどい名前を付けられた少年少女のキャラクターも立っており、優秀な娯楽読み物になっています。
最近は、ポケット文庫に「初音ミクポケット」というレーベル内レーベルを作り、児童書の世界にボカロ小説を取り込むという実験をしています。濱野京子の『歌に形はないけれど』は、謎めいた美少女転校生の秘密が物語のキーになる、懐かしいタイプのジュヴナイルSFです。
忍剣花百姫伝〈1〉めざめよ鬼神の剣 (Dreamスマッシュ)

忍剣花百姫伝〈1〉めざめよ鬼神の剣 (Dreamスマッシュ)

「忍剣花百姫伝」シリーズは、ゼロ年代中盤から2010年にかけて刊行されたポプラ社のソフトカバーのレーベル「Dream スマッシュ!」の看板作品でした。様々な異能を持った忍者が活躍する伝奇小説です。シリーズ中盤になると、忍者が忍術でタイムスリップするようになり、複雑な構造を持つ伝奇SFとなりました。登場する忍者にはみな華があり、キャラ萌え小説としても優秀。シビアで血みどろな展開も多く、国枝史郎ばりに耽美的な伝奇世界を味わえます。角川書店に続いて児童文庫に新規参入した集英社のみらい文庫から出た『ロボ☆友 カノンと、とんでもお嬢さま』は、小学生でも心を持ったロボットを自作できるくらいロボットが普及した近未来で、ロボコンに打ち込む少女の友情が描かれた健全ジュヴナイルです。すばらしいのは、主人公のロボットちょこらの造形です。四角い輪郭に、U字型の手、機能不明の耳当てといった相澤ロボットのようなレトロなデザインが、著者のロボ愛の深さを感じさせます。
ぼくがぼくになるまで (エンタティーン倶楽部)

ぼくがぼくになるまで (エンタティーン倶楽部)

続いて、学研のジュヴナイルSFを2作品。『ぼくがぼくになるまで』は、日本ファンタジーノベル大賞出身作家による難解な哲学的SFです。記憶も体も持たない主人公の「ぼく」が真っ暗なところに投げ出されるという導入部からわけがわからないのですが、自分の存在に対する不安、哲学的な苦悩がわかりやすい言葉で語られていて非常に迫力があります。
やがて「ぼく」は、自分は心とことばを持っていることに気づきます。「考えることができて、ことばが使えるということは、自分で自分を元気づけられるということなんだ」と考えた「ぼく」は、もっと自分を元気にするために「これから起こることを想像」します。すると「ぼく」はいつの間にか鳥の体を手に入れていて、空を飛んでいました。ここまででもうついていける気がしません。
正直なところ、この作品をきちんと理解できている自信はないので、誰か読んで解釈してください。
「時空警備タイムエスパー警備ファイル」シリーズは、歴史を改変しようとする時間幽霊と戦い、歴史上の重要人物を警護する超能力者集団の物語を通して歴史を学べる、お得なシリーズです。実はタイムエスパーには「僕と契約して魔法少女になってよ」的なブラックな設定があって、シリーズが進んでいくとダークなSFになりそうな期待が持たれます。
ルート225

ルート225

海へ帰る日

海へ帰る日

児童書出版社の老舗理論社も注目すべきSFを出しています。芥川賞作家の藤野千夜の『ルート225』はパラレルワールドSF。両親がいなくなり、死んだはずの同級生が生きていたり、高橋由伸が微妙に太っていたりというパラレルワールドに迷い込んだ中学生の姉弟のよるべない不安が、繊細に描かれた作品です。志村貴子によるコミカライズ版も傑作であるということを付け加えておきましょう。
小池潤の『海へ帰る日』は、地球温暖化に対応するために人体改造される子どもたちの物語です。国土社の「創作子どもSF全集」でいくつか見られたような、子どもを人工進化させるという発想がおぞましいです。
タイムチケット (福音館創作童話シリーズ)

タイムチケット (福音館創作童話シリーズ)

ここからは、出版社にこだわらずおもしろい作品を紹介していきます。藤江じゅんの『タイムチケット』は、キップの蒐集が趣味の少年が、書き込んだ日付にタイムスリップできるというタイムチケットを拾い、欲しいキップを手に入れるために昭和44年4月4日にタイムスリップする話。ささやかな事件の積み重ねが収まるべきところに美しく収まる、タイムトラベルSFの基本をしっかり押さえた良作です。
タイムマシンクラブ〈1〉ブラックホール事件

タイムマシンクラブ〈1〉ブラックホール事件

「タイムマシンクラブ」シリーズは、ベテランと新人の共著という珍しいかたちで出された本です。内容は、まぬけな悪の秘密結社や珍発明が出てくるB級娯楽SF。何も考えずに楽しめます。
著者のひとり香西美保は、ポプラポケット文庫で「スターチャレンジャー」シリーズというスペースオペラも書いていますが、残念ながら2巻で刊行が途絶しています。
あしたもきっとチョウ日和

あしたもきっとチョウ日和

高田桂子の『あしたもきっとチョウ日和』は、脳内に変換ロボットなるものを搭載して、コミュニケーションの補助をさせている少女の物語です。途中で変換ロボットの調子が悪くなり、そのとき読んでいた「虫愛ずる姫君」の「いとをさなきことなり」というフレーズが脳内に割り込んでくるようになります。高度なコミュニケーション論に挑んだ言語SFと受け取ることもできる作品です。