『熊とにんげん』(ライナー・チムニク)

熊とにんげん (児童書)

熊とにんげん (児童書)

1982年に偕成社から刊行、1990年には福武文庫から刊行され現在は入手難となっていた『熊とにんげん』が、徳間書店から復刊されました。翻訳は旧版と同じく上田真而子です。
シンプルなタイトルが美しいです。原題は『Der Bär und die Leute』。邦題も的確です。『熊と人間』でも『熊とニンゲン』でも、ましてや『熊と人』や『熊とヒト』でもなく、『熊とにんげん』でなければならないのです。
この物語の主人公は、固有名を持ちません。七つのまりでお手玉をする芸を持ち、踊りを踊る熊を相棒とする男は、ただ「熊おじさん」とだけ呼ばれています。熊も、ロシア語で熊を意味する〈メドウィーチ〉と呼ばれているだけです。
熊おじさんも熊も、共同体に属さない存在です。旅芸人であるおじさんには、定まった居場所がありません。彼の友だちは熊と神さまだけです。ただし作中では、「だけ」のような少ないという価値判断を含んだ表現はなされません。そして、熊もまた、本来の野生動物としての熊の集団からは切り離されています。
あらすじを説明しても、あまり意味をなしません。ただ命と時間の物語が展開されるだけです。命と時間とは、すなわちこの世界のほとんどすべてのことです。
本は、絶版にならないのが理想です。でも、チムニク作品のように絶版になってもリレーのようにさまざまな出版社から復刊され続ける、そういう愛され方をしている本も幸福であると思います。