『火守』(劉慈欣)

世界的ベストセラーSF『三体』で知られる劉慈欣の、現時点で唯一の童話作品だそうです。
劉慈欣著・池澤春菜訳・西村ツチカ絵。思わず二度見三度見してしまうような豪華な布陣です。こんな強い布陣が許されるのか、なんらかの反則がなされているのではないかと一瞬疑いを持ってしまうくらいです。
孤島に住む火守には、空の上の星を癒やすことで人間の病気を治す力があると伝えられていました。恋するヒオリを病から救うため火守のもとを訪れたサシャは、年老いた火守からこの仕事を引き継げば協力すると取引を持ちかけられます。サシャはすぐに承諾しますが、火守はこの約束は守られたためしがないと笑います。それでも火守は重い腰を上げ、ふたりで星を直す作業が始められます。
この作品で主に描かれているのは、星を癒やすという魔術の工程です。そのディテールが非常に魅力的です。まずはロケットを打ち上げるための火薬づくりという地味な作業から始まりますが、木炭の代わりに浜辺に打ち上げられている鯨の骨を使用するというところから、奇想が積み上げられていきます。その有様は、「雪花石膏で作られた王宮の廃墟を歩いているようだった」と表現されます。そして、ロープをつけたロケットを三日月に向けて打ち上げ、ロープを引っかけてそれを足がかりに空の世界に赴くという大がかりな嘘に発展していきます。
この工程が、サシャのヒオリへの思いや契約への葛藤にむすびつきます。淡々と作業の様子が描かれているようでありながら、情緒の物語としても静かにひそやかに盛り上がっていきます。
『三体』でみせた異次元の想像力が童話的な想像力に凝縮されて、なんともいえない濃密な世界がつくりあげられています。