『うまのこと』(少年アヤ)

小学三年生のうまの物語。うまは、自分がうまであることを明かすと迫害されることがわかっているので、それを隠して学校生活を送っています。クラスで弾圧されているのはくるむっちという子で、「おんな」と呼ばれて男子たちから罵倒されています。以前は別の言葉で罵倒されていましたが、先生の指導でその言葉だけは使われなくなったので、教室に「いじめ」*1はないことになっています。
うまにとって学校生活はいつも針のむしろです。たとえば、第3話の「いやいやえんそく」*2というエピソード。逃げ場のないバスの中でさっそくくるむっちに対するいらがらせが始まり、うまも身の置きどころがありません。女子のリーダーのひゆめちゃんは、「あんたたち全員」に対して「つまんない」と言い放ちます。うまは、その「あんたたち全員」に自分も含まれていることに傷つきます。やがて作品は、うまや女子たちも加害者側であるという問題意識にまで立ち入っていきます。
前半は、小学校の地獄感をこれでもかと突きつけてきます。そして後半、女子たちがUFOに洗脳されているのではないかという疑惑を男子たちが持つようになったことから、物語はふしぎな領域に入ります。
ここで、マチスモの仮面が引き剥がされます。そのうえでホモソーシャルの救いようのなさが暴き出され、あらゆることが断罪されます。
これだけの筆力があれば、幼児性を装った語りの叙情性だけで読者を丸めこむことも可能でしょう。しかしこの作品はそれだけでは終わりません。極めて論理的に悪の正体をえぐり出しています。易しい言葉ばかり使われる語りのなかで、あえて「ノンバイナリー」という用語だけ押し出したことにも、冷静な計算がなされています。
問題の根源を「場」に絞っているので、わかりやすさと説得力が確保されています。そこが土台になっているので、子どもたちが実現する理想郷もふわっとしたものにはなっていません。
著者はすでに文筆の世界で名を成している人ですが、児童文学作品は「飛ぶ教室」連載作であったこれが初。児童文学界に鮮烈な刺激を与えてくれそうです。

*1:「いじめ」ではないよね。差別事案です。

*2:名作のタイトルが……。