『ポケットの中の赤ちゃん』(宇野和子)

第12回講談社児童文学新人賞受賞作*1で1972年に刊行され1980年に青い鳥文庫にも収録された作品が復刊ドットコムから復刊されました。昭和児童文学の奇妙な薄暗い怖さ、これぞ復刊ドットコムの味という感じの作品です。
幼稚園児のなつ子は、ママのエプロンのなかでうごめくものを発見します。それは小さな女の子で、言葉を話し自分は「ムー」であると名乗ります。なつ子とムーちゃんが一緒にいたたった三日間の冒険が語られます。
ママのポケットは何でも出てくる魔法のポケットのようで、そこから不思議な存在が飛び出すのには説得力があります。なつ子とムーちゃんはおままごとのようなささやかな遊びもしますが、やはり目を引くのは夜の大冒険です。
横になって天井の蛍光灯を見たなつ子は、それがドアのように思えました。そのことをムーちゃんに告げると、「なっちゃんがそうおもうなら、あれはドアだよ」と言い、そこに歩いていくように指示します。そんなことは無理だと思いますが、ベッドが壁だと思えば自分はいま立っていることになるから上方向に歩いていけるのだと超理論を展開します。
さて、蛍光灯のドアをくぐると、壁からいろんなお菓子が出てくる長い廊下がありました。しかし、いい夢は長くは続きません。「はなしがしんだあ。はなしがしんだあ」という意味不明な声が聞こえてきて、お棺を担いでいる葬式の人々のような集団が現れます。逃げだそうとしたなつ子の足は重くなり全然動かなくなります。このあたりに悪夢の世界としてのリアリティがあります。
二度目の冒険は、前回とは逆に床下に潜っていきます。なつ子はふだんから、自分の部屋にあるものがよくなくなってしまうことを不思議に思っていました。それを探すために潜ると、人のものを盗んで収集する「とりこみや」というおばけのようなものを見つけます。こいつの怖いこと怖いこと。本の見返しのイラストでは「とりこみや」や冒険の様子が描かれています。これが、子どもの絵のように平面的に配置されているため、想像力が刺激されます。
奇妙な理屈と悪夢的世界の連撃を浴びせられ、最後の別れと追想はしっとりと余韻を刻みつけられる。これは記憶に残る作品になるはずで、復刊ドットコムに熱い要望がたくさん来たのもうなずけます。

*1:同期の受賞作は宇宙人とアトランティス人が戦うSF児童文学、上種ミスズの『天の車』だった。イラストは依光隆