『チカクサク』(今井恭子)

戦後すぐの旧宿場町が舞台。主人公の英治は言葉の発達が遅い子でした。はじめて言葉を発したのは自分の過失もあり弟が事故死してしまった5歳の時でした。
罪悪感を抱えた子どもが、周囲の大人たちの有様を眺めながら人生をスタートさせていく話です。冒頭は、チンドン屋の厚化粧の下の老いを見ておびえるエピソード。行方不明の傷痍軍人のおじに思いを馳せたり、別のおじが既婚者の女性と関係を持っていることを知ってしまったり、英治は人生の仄暗い側面を眺めていきます。
圧巻なのは、終盤に配置された絵師と名乗る女性と知りあうエピソードです。大人から行ってはいけないと言い含められている検番という悪所での鬼とも妖怪とも思える女性との出会いは、現実なのか幻想なのか判然としません。蝋燭の絵ばかりを描いている絵師は、狂気に近い熱に取り憑かれています。火は死をもたらす恐ろしいものですが、人はどうしてもその恐ろしさにこそ魅入られてしまうものです。英治と絵師の孤独は響きあいますが、その結末は……。
今井作品の特色は、よい意味で昭和中後期の児童文学の香りを残しているところにあります。人生のままならなさ、陰惨さを投げ出したうえで、かすかな光も投げかけます。それゆえ、今井作品は読者の記憶に刻みつけられます。この作品も『こんぴら狗』や『鬼ばばの島』のように忘れられない作品になりそうです。