2022年の児童文学

まずは、2022年の児童文学の天国と地獄を紹介します。天国は『クーちゃんとぎんがみちゃん』です。チョコレートの女の子クーちゃんと、ぎんがみちゃん、なかよしのふたりの日常が、幸福感たっぷりに描かれます。百合童話の新たなスタンダードが誕生しました。地獄は、昆虫絵本で知られる舘野鴻の初の児童文学作品である『ソロ沼のものがたり』。小動物の生きる世界の過酷さをこれでもかと叩きつけてくる童話集です。最後に配置された「かえるのヨズ」は、ある重罪を犯したかえるが果てのない冥府巡りをする話で、闇の深さが尋常ではありません。闇という点でもうひとつ特筆すべき作品は、実験ホラーの達人にかいどう青の『SNS100物語 黒い約束』。超絶技巧で重い感情の怖さを演出し、フィクションがフィクションであることの快楽を存分に味わわせてくれます。フィクションがフィクションであることの喜びを逆に光のサイドから照らしたのはこの作品。名作児童文学の世界に入りこんでおいしいものを堪能するという最高の設定で、孤独なふたつの魂が響きあいます。時事もので印象に残ったのはこれ。自由を制限された環境での鬱屈が暴力的なまでに荒々しく解放されるところが魅力です。コロナ禍を扱った児童文学としては現時点で一等であると思われます。『カエルの歌姫』や『シンデレラウミウシの彼女』といった先進的な作品をものしていた如月かずさが久しぶりに多様性というテーマに正面から挑んだ作品ということで注目されました。「L」「G」「B」「T」では簡単にくくれないあり方を全肯定する先進性を持ちつつ、ベタな娯楽読み物として仕上げているところがおそろしいです。連作短編というかたちで、多様性やルッキズムという難しいテーマに挑んだ意欲作。人間の心の暗い部分にもしっかりと向きあっていて、高い文学性が確保されていました。自分がうまであることを隠しているうまが、閉塞した小学校のなかで苦しめられる話。幼児性を装った語りで読者の情に訴えながら、多様性を排除する悪のあり方を冷静に剔出しています。
以上3作品多様性をテーマにした作品を紹介しましたが、2022年はこのほかにも同テーマの良作が目立ちました。岩崎書店のアンソロジー「君色パレット」では、同性愛も対物性愛も性の多様性として取り上げていました。桐生環の『風雷きんとん』は、落語の人情噺風の枯れたエンタメのなかで変幻自在な性のありようを描いているところに驚かされました。コロナ禍をメインテーマにしていた山本悦子の『マスク越しのおはよう』でも、意外なかたちで多様性というテーマが組みこまれていました。この動きは今後もさらに続きそうです。最後に、印象に残った翻訳作品を2作紹介します。『ライトニング・メアリ』は、化石発掘家の女性メアリ・アニングの人生を元にした児童文学です。この作品については、あの木地雅映子の推薦作だといえばそれ以上くどくどと説明を加える必要はないでしょう。自分以外のほとんどの人間は「ばか」だと思っていて独立独歩で生きざるをえないメアリの気性は、木地雅映子のいう「少女」性を体現していて、目を離すことができません。パンの発酵種製触手怪物やジンジャークッキー人形を従えた魔法使いの少女が活躍する娯楽性の高いユーモアファンタジーでありつつ、泥臭い社会派児童文学としても傑作。作品が訴える英雄否定の思想は、現代が暗い時代だからこそ大きな意味を持ちます。