『おはようの声』(おおぎやなぎちか)

小学3年生のゆっこは、隣に住む6年生のエリちゃんに憧れています。エリちゃんは生徒会長で裁縫が得意で家がお金持ちで、ゆっこにとっては他人だけど最高に自慢できるおねえさんでした。ふたりの何気ない日常が特別な輝きをもって描かれます。
プロローグとエピローグではゆっこが6年生になっていて、物語は「3年前」のこととして記述されます。そして、エリちゃんはすでにどこか遠くへ行っていることが明示されています。
語られるエピソードは、お泊まりしたり、レンズで雪の結晶を見たりと、ささやかな日常の出来事ばかりです。大きく劇的なエピソードはエリちゃんとの別れくらいです。しかし、日常の出来事のひとつひとつがささやかでありながら記憶に残る強度を持っているのがおそろしいです。
エリちゃんの影響でゆっこを覚醒させないところに、ドラマ性を排除しようという作品の意思が感じられます。ゆっこはエリちゃんのピアノを継承しますが、すぐに行き詰まってピアノを習うのをやめてしまいます。また、お泊まりのときにエリちゃんから詩の才能を褒められるエピソードもあります。いつもとは異なり二段ベッドの上で寝て天井が近くなったことに気づいたエリは、このようにつぶやきます。

「この上は、屋根で、その上は空……。
空にも近くなったかな」

そこをエリちゃんから「詩人だね」と褒められるわけです。好きな人から褒められた思い出は、どんなささいなことでも忘れることはできないものです。これをきっかけにゆっこは言葉に興味を持つようになりますが、それがコンクールで入賞するといった目に見えるかたちで才能開花することはありません。わかりやすい継承の物語をあえて避けていることが、日常の強度を高める要因のひとつになっているように思われます。
「戦うプリンセス」への志向もこの作品の大きなテーマです。ゆっことエリちゃんは引き離されているがゆえに、このキーワードを通して同時代を生き抜く同志としての絆が強まります。その連帯意識は、きっと読者にも届くはずです。