詩織・千秋・璃子の中学三年生三人組が交互に語り手を務める形式の作品。詩織と千秋は璃子の家に遊びに行きます。璃子の弟のゆうは発達障害持ちのようで言葉を話せませんが、ふたりはけっこううまいことゆうの相手をしていました。ところが、ゆうが千秋の頬に噛みついてしまいました。しかも璃子は、詩織を非難するような不可解なことを言います。これをきっかけに三人組の関係に亀裂が入ってしまいます。
と、発端はかなりイヤな感じで、水面下にあった様々な感情が浮上してきます。しかし、全体としてはさわやかな印象が残ります。その理由は、この作品が見通しを提供してくれることによるものだと思われます。千秋はこの事件から、小三のころの自分を思い出します。母と死別し新しい母ができることで荒れていた千秋は、新しい母にひどいことをしてしまいました。そのときは新しい母は完璧なお姉さんでそんなことは余裕であろうと思っていました。でも、ゆうの事件を通して、新しい母も完璧なはずはなく、きっとつらい気持ちを抱いていたであろうことに思い至ります。そんなことは大人になればいやでもわかることなので無理して中学生のうちに理解しなくてもいいのですが、知ることで先を見通すことの気持ちよさはあります。それは幼い子どもが肩車をしてもらうときの気持ちよさと同種です。
メンタルが落ちている母を水の底に沈んでいるようだとしたり、詩織の家を「狭くて、暗くて、あたたかい巣穴」としたり、特に璃子パートの表現がよいです。状況を的確に表現する力は、世界を見通す力につながります。このあたりが作品に安定感を与えています。