『パンツのひもゆるざえもん』(森くま堂/作 カワダクニコ/絵)

タイトルの引力が100点です。村祭りをしている神社に、みすぼらしい格好をした不審な男が現れます。男はカバンを扇子でパシンパシン叩きながら、講談(?)を始めます。
男が語るのは、くまとパンツとパンツのひもの出会いから始まる数奇な運命の物語。森のくまが、人間の真似をして落ちていたパンツをはいてみます。でもすぐにずり落ちてしまいます。そこに、樫の木の枝にぶらさがっていたひもが登場、自分が手伝ってやると申し出ます。しかしひもがゆるかったため、くまはパンツがずり落ちたことに気づかず立ち去ってしまいます。自分がゆるかったのが悪かった、キツキツのひもになりたいと一念発起したひもは、修業の旅に出ます。
不審な男の名調子の語りが気持ちよく、どんどん読み進めていけます。章の最後に必ず扇子の「パシン パシン」を入れることで語りが引き締まっています。表現上のおもしろい実験もありました。そもそも動くことのできないひもは、ヘビから前に進む方法を教わります。ヘビは蛇行による移動法を「SS SS SSだにょろ」と指導します。このSSには、象形文字であり動詞であり擬態語でもあるという、何重もの役割が付与されています。
物語にも深みがあります。ひもに与えられる最後の試練は、芥川の有名作を彷彿とさせます。旅の途中でひもは、学者に拾われます。学者ははじめはひもの不思議さに惹かれますが、すぐにこれを商売の種にしようとします。

"なぜ"をすてたら、学者はもはや学者ではなくなってしまうのでございます。

その後この人物のことは、しつこく「学者でなくなった学者」と呼称します。著者がこういった風刺をこの対象年齢の読者に向けて放った動機は謎ですが、確かに堕落した研究者は重大な社会悪です。この本の対象年齢の読者には難解かもしれませんが、何か引っかかるものが残ってくれればと思います。
オチの部分は、せっかくいい話だったのに台無しにしちゃうの? と思わせておいて、いい感じに締めてくれます。なかなか得がたい怪作でした。