『ぼく、バカじゃないよ』(藤野千夜)

藤野千夜さんが描く『いやいやえん』」という角野栄子の惹句が目を引きます。

ぼくは、とっちゃんです。5歳でお兄ちゃんです。
お父さんとお母さんと、ひーくんが家にいます。
ひーくんは3歳でおとうとです。
犬のポーちゃんは、犬小屋にいます。
ボーちゃんは身体が白くて、黒いところもあります。おっきな犬です。
ポーちゃんはおっきいので、ぼくはちょっとこわいです。

このような書き出しで、幼児による一人称の物語は始まります。とっちゃんは発話によるコミュニケーションが苦手で、伝わらないもどかしさ、ままならなさが読者の胸を刺してきます。たとえば以前ボーちゃんに噛まれたことのあるひーくんがかまわずまたボーちゃんをしつこく触ろうとする場面。とっちゃんが「だめ」と言っても聞かないので耳を引っ張って制止すると、ひーくんは泣き出します。こういうときにおとなから説明を求められると、とっちゃんは要領よく答えることができません。ここでは幸いおばあちゃんがとっちゃんの意図を察してくれましたが、うまくいかないことの方が多いようです。
一家は団地に引っ越すことになりました。親は連れて行くことのできない犬の処遇について明確な説明をしません。とっちゃんが何度訪ねてもはぐらかして話題を避けようとする態度は、子ども側からみればあまりにも理不尽です。おとな側からすれば、何度も同じことを聞いてくる子どものしつこさに辟易する気持ちもわからなくはないのですが。
おとなになってもコミュニケーションが難しいことに変わりはありませんが、幼いころはより大変だったということを思い出させてくれる、苦い作品です。