『闇に願いを』(クリスティーナ・スーントーンヴァット)

大きなマンゴーの木の下でふたりの子どもがマンゴーが落ちるのを待っているという発端はのどかそうです。ただ問題は、この場が刑務所であるということ。主人公のポンと相棒のソムキットがマンゴーを手に入れると、すぐに年長の女子が現れ脅迫され、反抗するとボコボコにされてしまいます。
ポンは犯罪を犯して刑務所に入っているわけではありません。刑務所のなかで生まれた子どもは刑務所で生活しなければならないという、人権無視にもほどがある制度が施行されているのです。あるきっかけでポンが脱獄に成功したことから、物語は動きはじめます。
ポンたちが暮らすチャッタナーの街は、「光の玉」というエネルギー源を独占する総督に支配されていました。総督はポンに、「闇に生まれた者は、かならず闇に帰る」という言葉を吐きます。これは、犯罪者の子どもはやがて犯罪者になり、刑期を終えて出所した人もすぐにまた悪事を働いて刑務所に戻るだろうという呪いです。格差は固定しておきたという権力者の邪悪な欲望が、この言葉に表れています。
権力者は邪悪ですが、登場人物には善性にあふれた人がたくさんいます。総督に抵抗しようとする人々は、非暴力的な手段に徹しようとします。しかしその試みは、悪辣な権力にいとも簡単に踏みにじられてしまいます。
作中の善性を代表するキャラクターは、脱獄したばかりのポンをかくまってくれた老僧チャム師です。誰にでも親切で、願いを叶える不思議な力を他人のために使う聖職者は、まさに人間の理想の姿にみえます。しかし……。善性だけではうまくいかない裏側も描くことで作品は深みを増し、結果的に力強い善性の輝きも増していきます。
裏側なんか考えず全面的に信頼できるのは、刑務所時代からの相棒ソムキットです。社会派ファンタジーとして奥行きのある作品ですが、最高の相棒との最高の友情の物語としても楽しめます。