「冬の龍」(藤江じゅん)

冬の龍 (福音館創作童話シリーズ)

冬の龍 (福音館創作童話シリーズ)

 第10回児童文学ファンタジー大賞奨励賞受賞作。親と離れて早稲田にある下宿屋九月館で暮らしている小学6年生シゲルが主人公です。彼は九月館のケヤキの化身、小槻二郎に依頼され、雷の玉という秘宝探しに協力することになります。その玉を年末までに見つけないとおそろしい災いが起こるとのこと。タイムリミットまでに無事宝物を見つけられるかというお話です。
 早稲田の雑踏を舞台に子供たち、下宿の住人たちの人間模様が骨太に描写されていて読ませます。早稲田、西荻窪、背取、四谷の書籍姫といったその筋の人なら反応せざるを得ない単語が並び、トリビアがちりばめられている点も個人的にはポイント高いです。
 しかし選評で複数の選考委員が指摘しているように、ファンタジーとしての魅力、ファンタジーである必然性に乏しいのが最大の欠点です。でもここまでこの作品のファンタジー性に疑問が呈されているのにあえてファンタジー大賞の奨励賞がだされたということは、逆に言えばよっぽど他の面で期待されているとも解釈できます。「場所や人間がこれだけ書けるのだから、ターナーの『シェパートン大佐の時計』のようなリアリズム作品をめざしたほうが、ずっといいものになりそうだ。」という脇明子の選評が的確だと思います。実力があることは確かなので、次回作を楽しみに待ちたいと思います。
 ただひとつだけ注文をつけたいことがあります。図書館員が他人の見ている前で大声で書名を叫びながら本の督促をするというありえない場面を書くときには、なんらかのアナウンスが欲しいです。背取屋さんは客のプライバシーに配慮しているのに、図書館員が利用者のプライバシーを顧みないというのは考えられません。