『ドラゴン株式会社』(新城カズマ)

岩崎書店の〈21世紀空想科学小説〉、今のところ最後の配本の1冊です。読者の選択によって複数のラストが用意されているマルチエンディング方式が採用されているところが特徴的です。
病弱な少年エルマのもとに、大きな段ボール箱が届きます。中に入っていたのは、ドラゴンの種でした。同梱されていた説明書のとおりに種を植えると777秒後に芽が出てドラゴンが誕生しました。ドラゴンはさらに種を生み、どんどん繁殖していって、世界の様相を一変させます。
主人公の名前がエルマで、段ボール箱を届けた宅配のおじさんの制服は青と黄色のストライプ。これがなにをなぞったものなのか、説明する必要はないでしょう。いかにも童話っぽい、ものを列挙する場面もたくさんあります。ドラゴンの名前を考えるときに古今東西のドラゴンの名前を列挙してみたり、母親がひっくり返した買い物袋の中身を列挙してみたり、エルマに会いに来た有名人を列挙してみたり。この作品の読者層はそういった童話を卒業している年齢が想定されているので、こういった仕掛けは懐かしさを楽しませるものになっています。
そういった読者を楽しませる仕掛けは丁寧に仕込んでいますが、物語は削ぎ落とされています。なにしろ、主人公がドラゴンを使って事業を興そうとしたとたんに事故にあって777日意識不明になり、主人公のあずかり知らぬうちにドラゴンの生み出すエネルギーを利用した豊かな理想社会が実現してしまうのですから、肩すかしもいいところです。
しかしそれは著者の意図のうちなのでしょう。この作品の目的は物語を語ることよりも、読者にマルチエンディングを選ばせ、オメラスから歩み去るかどうかの決断を迫ることにあります。