『春に訪れる少女』(今田絵里香)

春に訪れる少女 (文研じゅべにーる)

春に訪れる少女 (文研じゅべにーる)

大正時代に活躍した郷土作家「森川春水」の大ファンの中学生女子かおりは、どうしたはずみか春水の子孫のイケメン男子中野くんと一緒に、大正時代にタイムスリップしてしまいます。どうにか現代に帰ってきますが、歴史が変わって春水の死が早まり、彼の後期の著作が消滅してしまっていました。かおりは大正時代に再度タイムスリップして、要人の暗殺計画の巻き添えを食らいそうになっている春水を救おうと奮闘します。
時間SFとして端正にまとまった作品になっています。おもしろいのは、文学を愛するあまりかなり浮世離れしてしまったかおりの人格です。彼女は好きな作家が早死にしてしまったことよりも、作品が減ったため選集が薄くなったことに痛痒を感じています。そして彼女は、それが「ファンの自分勝手な気持ち」でしかないことも重々自覚しているのです。
この作品の文体は、接続詞を多用して理路整然と構成されていて、誤読の余地を可能な限り排除するものとなっています。この几帳面さが好ましいです。ややひねくれた見方ですが、几帳面さの裏側には、読者の理解力になんの期待もしていない語り手女子の人間性の暗い部分が隠されているようにも思えます。そういった危うさを含めて、魅力的な文体になっています。
「少女」の社会史 (双書ジェンダー分析)

「少女」の社会史 (双書ジェンダー分析)

『春に訪れる少女』が今田絵里香の児童文学作家としてのデビュー作になりますが、研究者としての今田絵里香はすでに『「少女」の社会史』という単著を出しています。『「少女」の社会史』は、少女雑誌『少女の友』の分析を通して、少女雑誌が形成した〈少女〉という概念の変遷を考察した本です。時代に合わせた価値観を押し付けようとする大人の男と、雑誌を通して独自のネットワークを築き上げた少女のせめぎあいの分析が興味深いです。
学術的な裏付けのもとに、現代の児童文学作家として今田絵里香はどのような子ども観を提示していくことになるのか、今後が期待されます。