2014年の児童文学

二つ、三ついいわすれたこと (STAMP BOOKS)

二つ、三ついいわすれたこと (STAMP BOOKS)

翻訳児童文学は、2014年も岩波書店の〈STAMP BOOKS〉を中心に大豊作でした。『二つ、三ついいわすれたこと』は、社会的地位の高い毒親を持つ3人の少女の生きづらさが、繊細かつ重く語られる作品です。
さよならのドライブ (文学の森)

さよならのドライブ (文学の森)

夏の魔法: ペンダーウィックの四姉妹 (Sunnyside Books)

夏の魔法: ペンダーウィックの四姉妹 (Sunnyside Books)

児童文学を幸福を描く文学と定義するなら、この2作が出色のできばえです。『さよならのドライブ』は、4世代の女性が勢揃いでドライブに出かける話。まもなく死を迎える祖母を、若くして亡くなった曾祖母の亡霊がさりげない優しさで導く展開は、涙なしには読めません。
『夏の魔法』は、個性的な四姉妹が、思いがけず広い庭のあるコテージで夏の休暇を過ごす話です。適度に仲がよく適度に仲が悪い姉妹がわいわい言いながら遊んでいる様子が、幸福感たっぷりに描かれています。
ふたりは世界一!

ふたりは世界一!

中学年向けの軽い読み物では、『ふたりは世界一!』が飛び抜けておもしろかったです。井戸の底に住んでいるイドゾコこびとに世界記録を更新し続ける呪いをかけられた男クラウス・ウィンターモルゲンを救うために、低身長男子フワニートと高身長女子ベロニカがウィンターモルゲンに破れない世界記録を目指す話。ダールを彷彿とさせる奇妙な味のユーモアがたまりません。
夏の朝 (福音館創作童話シリーズ)

夏の朝 (福音館創作童話シリーズ)

鈴狐騒動変化城 (福音館創作童話シリーズ)

鈴狐騒動変化城 (福音館創作童話シリーズ)

日本の児童文学では、福音館書店の〈福音館創作童話シリーズ〉が、神ががった傑作を次々と出していました。『夏の朝』は、まもなく処分される亡祖父の家でタイムスリップを繰り返す少女の物語。緻密な構成と端正な文章で、お手本のようなリリカルなタイムスリップSFに仕上げられています。
『鈴狐騒動変化城』は、町で評判の美少女を城に迎えようとするバカ殿に一泡吹かせるため、町の若い衆が狐を美少女に化けさせて城に乗り込もうとする王道ストーリー。落語の想像力を基調に、田中哲弥らしい異形の想像力も練り込まれた楽しい娯楽読み物になっています。
ほかにも詩人の斉藤倫の『どろぼうのどろぼん』や、三島賞野間文芸新人賞の候補に挙がっている純文学界の新星で、翻訳家でもある松田青子の『なんでそんなことするの?』など、他ジャンルで活躍している作家による注目すべき作品が〈福音館創作童話シリーズ〉から刊行されていました。
きみは知らないほうがいい (文研じゅべにーる)

きみは知らないほうがいい (文研じゅべにーる)

学校を描いたシリアスな作品としては、『きみは知らないほうがいい』が突出しています。〈いじめ〉といった出来合いの言葉を注意深く排除して、学校で起こる〈出来事〉を緻密に語っています。世の中に渦巻く悪意を視覚化した長谷川集平の挿絵も衝撃的です。こちらも学校の物語。弟が学校で刺傷事件を起こしたのではないかと疑う姉を主人公としたミステリ作品です。この作品で描かれているのは、「ゲームが人をおかしくする」「××関係の仕事をしている人間は悪人である。ゆえにいくら叩いてもOK」といった〈貧しいストーリー〉に踊らされる人間たちの哀れな姿です。重要な問題提起がなされている社会派ミステリになっています。
星のこども (ノベルズ・エクスプレス)

星のこども (ノベルズ・エクスプレス)

川島えつこの5年ぶりの新作『星のこども』は、妊婦の姉を見つめる妹の視点から、生きることの美しさと気持ち悪さをあぶり出した作品です。川島えつこらしい流麗で毒を含んだ文体は健在でした。
さよなら宇宙人 (ものがたりの庭)

さよなら宇宙人 (ものがたりの庭)

『さよなら地底人』の姉妹編は約10年ぶりの刊行。前作同様、小学生の奇想天外な空想やホラ話が楽しい作品になっています。一方で、物語との距離の置き方を熟知した主人公が、自分は宇宙人であるという未熟な嘘をつく転校生を冷徹に見つめるという苦い側面も持っています。
黒猫さんとメガネくんの初恋同盟 (つばさ文庫(角川))

黒猫さんとメガネくんの初恋同盟 (つばさ文庫(角川))

エンタメ系で注目すべきなのは、角川つばさ文庫から刊行された『黒猫さんとメガネくんの初恋同盟』です。この作品は、男性作家による男子主人公の恋愛メインの児童文学という、児童文学界ではほとんど未開拓の地に足を踏み入れてしまいました。出版社は「ここには読者はいない、撤退!」と考えるのか、「この鉱脈はまだ誰も手を付けていない!どんどん掘れ!」と考えるのか。児童書出版社の見識が試されています。