「きこえるきこえる ぽう神物語」(加藤多一)

きこえるきこえる―ぽう神物語 (創作のとびら)

きこえるきこえる―ぽう神物語 (創作のとびら)

 語り手は老いぼれのエゾシカにとりついている神の「オレ」。冒頭、エゾシカが思いがけずメスに求愛されます。なぜだか「オレ」はそれを自分の手柄だと思いこみ、「やったぜ、ホレられているのは、このオレなんだ」と、いきなりテンションが最高潮に達します。ところがここでエゾシカが交通事故にあって死んでしまい、「オレ」は行き場を失ってうろたえることになります。
 最初の4ページを要約するとこんな感じですが、話が全く見えずついていくのに苦労します。どうもこの神様は出世コースから外れた落ちこぼれの神様らしく、なにかに憑依していないと地上にとどまっていることすらできないようです。エゾシカの体を失った「オレ」は次に女の子の野球帽に憑依し、続いて便所靴にとりつくことになります。その後は便所靴の持ち主の良治郎老人とともに国労闘争団の活動を見守ったり、沖縄の戦跡に出かけたりして思索的な物語が展開されます。作者が忘れているだけなのか計算なのかわかりませんが、作品世界での神の位置づけは最後まで明確に説明されません。
 作中でいきなり利己的遺伝子なんて言葉が説明もなくでてきてびっくりさせられます*1。どう見ても小学生向けの本なんですが、小学生がドーキンスを知っていることを前提に書いているのでしょうか。どういう読者を想定しているのかわかりません。
 語り手の「オレ」と記述者の「タイチ」の意識が絡み合うメタフィクショナルな場面もあり、作者が気の向くままに奔放に遊んでいることがうかがえます。
 そんな感じで見事に読者置いてきぼりな作品なんですが、思索的な部分には深みがあり、紙一重のラインでおもしろさを保っています。怪作です。

*1:作者が「利己的遺伝子」が比喩であることがわかっているのかちょっと怪しい書き方なのですが。