「月蝕島の魔物」(田中芳樹)

月蝕島の魔物 (ミステリーYA!)

月蝕島の魔物 (ミステリーYA!)

 「理論社ミステリーYA!」での田中芳樹の新シリーズです。舞台はヴィクトリア朝英国。クリミア戦争帰りで現在は貸本屋で働いている青年ニーダムとその姪メープルを主人公とする冒険小説です。ふたりは貸本屋の社長から大文豪ディケンズアンデルセンの世話を依頼され、やがてスコットランド近海の月蝕島を巡る怪事件に巻き込まれていきます。
 ふたりの文豪のキャラクターが傑作でした。アンデルセンは雑誌で著作をけなされたショックでディケンズの家の前の芝生に転がって泣きわめいていました。そんなアンデルセンディケンズはこう励まします。

「いいか、アンダーソン君、きみの名前と作品は不滅だ。百年後も二百年後も、文学というものがあるかぎり、きみの名前は残る。だが、書評なんてものは、一週間もたてば、おぼえているやつなんていやしない。砂浜に棒きれで書かれた文字も同然だ。波がひとつ来ただけで消えてしまうんだ」(p69)

 ディケンズはいいやつです。でもアンデルセンは天然で、「いつまでもわが家にいてください」という社交辞令を真に受けてディケンズの家に居座り、迷惑をかけまくります。あとがきによるとこれらのエピソードはすべて事実だそうです。いや、おそろしい。