ゼロ年代SF児童文学10選

ゼロ年代ファンタジー児童文学10選」の評判がよかったので、調子に乗って第2弾を行います。今度はゼロ年代のSF児童文学を振り返ります。なお、SFの定義は広めに解釈していますので、「これはSFではない」という抗議はご勘弁ください。
相も変わらず児童文学界ではSFは売れないと言われ続けています。それを象徴するのが、岩崎書店から2003年に刊行された「冒険ファンタジー名作選」という叢書です。「ロスト・ワールド」(ドイル)「火星のプリンセス」(バローズ)「いきている首」(ベリヤーエフ)と、ラインアップをみれば明らかにSFの叢書です。ですが、SFという言葉を入れると売れないという判断がはたらいてこのタイトルになったものと思われます。
しかし、よくみればおもしろい作品はあります。ゼロ年代のSF児童文学界では、国土社の「創作子どもSF全集」など復刊作品が話題になりました。また、老舗の児童書出版社福音館書店が新SFレーベルを立ち上げたり、児童書業界に新規参入した角川書店がSFを強力にプッシュしたりと、明るい出来事がありました。この流れでSF児童文学が盛り上がってくれればと思います。

獣の奏者 I 闘蛇編

獣の奏者 I 闘蛇編

で、いきなりSFかどうかきわどい作品なのですが、これは生物兵器テーマのSFということでどうでしょうか。それから、理系の女性研究者のかっこよさを堪能するための作品でもあった思います。この作品をまじめに考察している人は他にたくさんいますので、ここでは特にコメントは付け加えません。
ぼくのプリンときみのチョコ (YA! ENTERTAINMENT)

ぼくのプリンときみのチョコ (YA! ENTERTAINMENT)

男女の生殖に関わる器官のみが入れ替わるという奇抜な設定で、入れ替わりテーマに新機軸をもたらしたジェンダーSFです。タイトルにあるプリンは乳房の隠喩、チョコは勃起の隠喩です。一般に児童文学は性をタブーにしているという誤解がありますが、こういう作品をみれば性をテーマにした日本の児童文学がいかに成熟しているかがわかります。
メニメニハート

メニメニハート

こちらも入れ替わりテーマです。児童文学で入れ替わりテーマといえば、大林宣彦監督「転校生」の原作であることでも有名な山中恒の「おれがあいつであいつがおれで」です。「メニメニハート」の作者の令丈ヒロ子山中恒の弟子なので、彼女が入れ替わりテーマに挑戦したことは入れ替わりテーマのSF児童文学という非常に狭い世界では大事件でした。
「メニメニハート」では心が部分的に徐々に入れ替わっていくというこれまた奇抜な設定で、心と身体という難しいテーマに果敢に挑みました。中2の少女香保里が、怪しげ男たちに追われている超能力を持った青年暎兄ちゃんに一目惚れしてしまい、二人ではるばる九州白鳥山まで逃避行するというストーリーです。カジシンらしいリリカル魂が炸裂していて、さらにおばか要素も詰め込まれており、初めてカジシン作品に触れる小学生には最適の作品になっていました。
少女海賊ユーリ なぞの時光石 (フォア文庫)

少女海賊ユーリ なぞの時光石 (フォア文庫)

みおちづるのデビュー作「ナシスの塔の物語」(1999)は、砂漠の町にテクノロジーの象徴である「はぐるま」が持ち込まれたことによって人々の欲望が増大するさまを描き、人間とテクノロジーの関わり方を考察した作品でした。彼女の第二作の「少女海賊ユーリ」(全10巻 2001〜2007)は、前作のテーマを引き継いでエンタメとして昇華した冒険SFです。
中世を舞台に正義の海賊団が人助けをする話かと思いきや、一巻の中盤で実は船長のユーリが未来人であったという驚愕の事実が明らかになります。彼女は未来世界で時空石というテクノロジーの結晶を発明したのですが、その力が暴走してしまい未来世界は壊滅状態に陥っていました。ユーリは未来の悲劇を回避する方法を探すために過去の世界をさまよっていたのです。
海賊団は各巻でさまざまな珍しい土地を探検することになるので、秘境冒険小説としても楽しめる趣向になっています。おそらくゼロ年代で小学生にもっとも読まれたSFはこれだと思われます。
NO.6〔ナンバーシックス〕#1 (YA! ENTERTAINMENT)

NO.6〔ナンバーシックス〕#1 (YA! ENTERTAINMENT)

超管理社会で超階級社会な近未来都市「No.6」を舞台にしたディストピアSFです。すでに講談社文庫にも落ちていて幅広い層の読者に読まれています。一般層の知名度という点ではこの作品を無視することはできません。角川書店が児童書業界に新規参入したということで話題になった「銀のさじ」というレーベルから刊行された作品です。世界一強い女の子と世界一頭のいい女の子のコンビが繰り広げる痛快娯楽活劇です。キャラクター(特に敵役)の魅力とスピーディーなストーリーテリングの妙は特筆に値します。娯楽SFとして一点の隙もない傑作です。
算数宇宙の冒険

算数宇宙の冒険

リーマン予想」を小説化した怪作です。高校2年生レベルまでの数学しかわからないわたしにはこの作品をまともにレビューすることはできないのですが、論理と幻想のあわいを軽やかに乗り越えた愉快な作品であることだけは断言できます。
ルート225

ルート225

中学生の姉弟が家に帰れなくなる話です。正確にいえば家には帰れたのですが、そこにはいるはずの両親がいなかったのです。外から公衆電話で家にかけると母親がでることもあるのですが、家に帰るとやはり誰もいない。ほかにも死んだはずの同級生のクマノイさんが生きていたり、疎遠になっていたはずの大久保ちゃんとの関係が修復していたり、巨人の高橋由伸が微妙に太っていたりと、不可解な現象が続きます。どうやら姉弟パラレルワールドに迷い込んでしまったのではないかということになり、元の世界へ戻る方法を模索することになります。
藤野千夜芥川賞受賞の後に初めて出した単行本です。児童書専門の出版社が芥川賞をとったばかりの作家をつかまえて、しかもSFを書かせたというのは、なかなか珍しい出来事だったのではないでしょうか。
恋時雨 (YA! ENTERTAINMENT)

恋時雨 (YA! ENTERTAINMENT)

オチ担当ということで。メフィスト賞受賞のデビュー作「六枚のとんかつ」があまりにもひどいということで一躍人気者になったミステリ作家蘇部健一には、児童文学作家としての一面もあります。子供向けでも彼はまったく自重することなく下品でつまらないギャグをかっとばしています。これは蘇部健一お得意のタイムマシンSFですが、タイムマシン設定がくだらないギャグのためのネタふりにしかなっていないところがすばらしいです。



ところで、自分で作っていてなんですが、このランキングには大きな欠点があります。10選の半分以上が一社の作品で占められているということです。われながら観測範囲が狭いです。ゼロ年代に頑張ってSFを出していた出版社が講談社だけだったというのは考えにくいので、このほかにおもしろい作品をご存じの方がいらっしゃいましたらぜひご教示願いたいです。