「チームひとり」(吉野万理子)

チームひとり (学研の新・創作シリーズ)

チームひとり (学研の新・創作シリーズ)

「あのさ、たしかに最後の一瞬まで勝つことをあきらめるな、なんて理想論だと思うよ。どうやったって、実力の差があるときはある。自分が調子悪くて、もうムリってこともある。」
「うん……。」
「そんなときは、どうすればいいと思う?」
「え?わかんない。」
「ゆっくり負けるんだ」(p251)

スポーツ児童文学界で今最も熱い競技は卓球です。このシリーズと工藤純子の「ピンポン」シリーズが、エンタメとしてのツボをうまくおさえた良作になっています。これと同等のレベルの作品がもうひとつくらい生まれたら、児童文学界に卓球ブームがくるかもしれません。
東小卓球部の活躍を描いた「チームふたり」「チームあした」に続くシリーズ三作目です。タイトルがにくいですね。「ふたり」で始まったシリーズが「ひとり」になってしまうとはどういうことなのか、気を持たせてくれるではありませんか。
このシリーズの特徴は、一作ごとに代替わりするキャプテンが主人公の座に据えられることです。前キャプテン(三巻時点)純と現キャプテン(三巻時点)の広海のダブルスは、二巻のメインイベントのひとつでした。三巻の序盤ではこれが広海の視点から語り直されるのですが、これが全く違う出来事のように見えるのが不思議です。一巻二巻を読んでいる読者は、前前キャプテンの大地も前キャプテンの純も失敗しながらも地道に頑張るいいやつだったことを覚えているはずです。なのに三巻で広海の視点で見ると、ふたりが全く手の届かない偉大な先輩に見えたり、時にはいやなやつにも見えたりするのがおもしろいです。
主人公が代替わりすることで部の歴史がだんだん蓄積されていくこともポイントです。シリーズの一巻と二巻で、キャプテンと次期キャプテンがダブルスを組んで卓球の楽しさを下級生に伝えるという伝統が蓄積されていました。三巻では「チームひとり」ということで、広海がコーチからダブルスを禁止されてその伝統が破壊される危機が訪れることによりドラマが生まれます。シリーズの特性をうまく利用して代々キャプテンを細かく描いていたという下地があったからこそ、このドラマは大きな盛り上がりを見せることに成功しました。
この調子でどんどん歴史を積み重ねていけばなかなか得難いシリーズになると思います。できるかぎりシリーズを続けてもらいたいです。