理論社・新しい児童文学を追い求め続ける出版社の軌跡 その3 90・ゼロ年代編

第一回 理論社・新しい児童文学を追い求め続ける出版社の軌跡 その1 60年代編
第二回 理論社・新しい児童文学を追い求め続ける出版社の軌跡 その2 70・80年代編
今回は、90年代から現在に至るヤングアダルト文学の潮流を理論社が牽引していった様子を中心に、この20年の理論社の動きを概観します。

ファンタジーへの挑戦

今となっては信じられないことですが、90年代はまだ国産ファンタジーが児童文学の表舞台に立つことは難しかった時代でした。そんな中理論社は93年に「ファンタジーの冒険」というレーベルを始めました。このレーベルは早すぎたためほんの数作を刊行しただけで途絶してしまいましたが、ファンタジー日照りの時代に重要な作品を世に出した功績は忘れてはなりません。
荻原規子の『これは王国のかぎ』は、15歳の少女がアラビアンナイト世界に飛ばされて冒険する物語。日本の児童書ファンタジー異世界往還物語を代表する作品です。

これは王国のかぎ (ファンタジーの冒険)

これは王国のかぎ (ファンタジーの冒険)

芝田勝茂の『星の砦』は、校長がかわって急に競争主義に傾いた小学校を舞台に、成績順のクラス分けで最低クラスになった子供たちの抵抗が語られた物語です。管理教育の延長線上にある全体主義の恐怖を告発した作品ですが、中盤で予測不能ちゃぶ台返しがなされたことで話題となりました。
星の砦 (ファンタジーの冒険)

星の砦 (ファンタジーの冒険)

「ファンタジーの冒険」以外にも、90年代には日本のファンタジー児童文学史上エポックメイキングな作品が生み出されました。94年に発表された『ふしぎな木の実の調理法』をから始まった、岡田淳の「こそあどの森」シリーズです。こそあどの森に住む変わり者揃いの住人が繰り広げる奇想天外な冒険の数々。「ムーミン谷」に匹敵する魅力的な別世界を創造することに成功し、1998年には国際アンデルセン賞のオナーリストにも選定されました。
ふしぎな木の実の料理法 (こそあどの森の物語 1)

ふしぎな木の実の料理法 (こそあどの森の物語 1)

「カラフル文学館」とヤングアダルト文学の発展

カラフル

カラフル

現在に至るYAブームの火付け役のひとつが、後に直木賞を受賞することになる森絵都の『カラフル』(98年)でした。文庫版も合わせて70万部を売り上げたヒット作です。内容については説明する必要はないでしょう。 内容のおもしろさとともにブックデザインの斬新さにも注目する必要があります。タイトルと作者名と出版社名がアルファベットで書かれただけのシンプルなデザイン。これが読者に受け入れられるかどうかは賭けでしたが、理論社は見事その賭けに勝ちました。
『カラフル』が刊行されたレーベル「カラフル文学館」は『カラフル』のヒットと前後して、当時「J文学」の書き手とくくられていたような90年代にデビューした若手の純文学作家に接近します。後の直木賞作家の角田光代、後の芥川賞作家の伊藤たかみ野間文芸新人賞岡崎祥久芥川賞を受賞したばかりの藤野千夜といった若い才能が、実験的で奇抜な作品を児童文学として発表し、児童文学と一般文芸の境界を崩していきました。こうした作品が新しいヤングアダルト文学として注目を集めることになります。
キッドナップ・ツアー

キッドナップ・ツアー

ミカ!

ミカ!

バンビーノ

バンビーノ

ルート225

ルート225

海外YAの攻勢

スターガール

スターガール

今まで日本の創作児童文学のみに触れてきましたが、理論社は翻訳作品も出しています。しかし、海外作品というだけでどうしても敷居が高くなってしまうので、質の高い作品を出してもなかなか商業的成功にはつながりませんでした。そんな状況の転換点となったのが、2001年の『スターガール』でした。白いドレスを着てウクレレをかき鳴らして大声で歌うエキセントリックな転校生スターガールの物語。装丁をソフトカバーにして敷居を下げたことも功を奏し、ヒット作となりました。
理論社は『スターガール』の後、女の子に人気のジャクリーン・ウィルソン作品など、海外YAの話題作をソフトカバーの体裁で続々と刊行していきます。
ガールズ・イン・ラブ

ガールズ・イン・ラブ

トラベリング・パンツ

トラベリング・パンツ

HOOT

HOOT

よりみちパン!セ」とYAの拡大

理論社は2004年に「よりみちパン!セ」を創刊し、YAを文学のみならず、ノンフィクションの分野にまで拡大しました。
森達也小熊英二といった一流の論客に社会を語らせる手堅さを持ちながら、みうらじゅん性教育を語らせたり西原理恵子に経済を語らせたりする危険球も投げる自由さも持っている、得難いレーベルです。

いのちの食べかた (よりみちパン!セ)

いのちの食べかた (よりみちパン!セ)

正しい保健体育 (よりみちパン!セ)

正しい保健体育 (よりみちパン!セ)

日本という国 (よりみちパン!セ)

日本という国 (よりみちパン!セ)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)

そして「ミステリーYA!」へ

そして2007年、「ミステリーYA!」が創刊されました。第一線で活躍しているミステリ作家が惜しげもなく起用されており、ジャンル小説の入り口に立つ中高生から舌の肥えた大人のミステリファンまで、幅広い支持を集めてます。

雨の恐竜 (ミステリーYA!)

雨の恐竜 (ミステリーYA!)

カワセミの森で (ミステリーYA!)

カワセミの森で (ミステリーYA!)

倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)

倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)

虎と月 (ミステリーYA!)

虎と月 (ミステリーYA!)

今まで理論社は、前衛志向で新しい児童文学を提案し続けてきました。10年代の児童文学の潮流も、きっと理論社がリードしてくれるはずです。だから10年後、またこのブログで理論社の軌跡の記事を書くことを予告しておきます。
10年代編につづく