2016年の児童文学

戦争ガ起キルカモシレナイ―空母せたたま小学校 (ホップステップキッズ!)

戦争ガ起キルカモシレナイ―空母せたたま小学校 (ホップステップキッズ!)

日本児童文学のアンダーグラウンドに脈々と流れる暗黒ファンタジー・暗黒SFの系譜。そのなかでも芝田勝茂の『夜の子どもたち』(福音館土曜日文庫・1985)は、独特の存在感を放っています。夜間外出禁止条例のある不穏な空気の町で信仰されている〈カレルピー〉と呼ばれる宗教的存在の謎にカウンセラーの青年が迫るという、斬新な設定の作品でした。1990年に装丁・イラストが一新された福音館創作童話シリーズ版が刊行され、1996年には大幅な加筆訂正が施されラストも大きく変化したパロル舎版が刊行され、話題を呼びました。そして2016年、「せたたま小学校」シリーズ第3作として『夜の子どもたち』の第4形態が姿を現し、アングラ児童文学ファンを驚かせました。
この『戦争ガ起キルカモシレナイ』では、『夜ノ子ドモタチ』という本は作中の作家が事実を元に書いた小説だというメタな設定が導入され、現代の子どもがまた別のアプローチで謎に挑むことになります。30年以上前の作品が何度もアップデートされているということ、ある有名な心理学者をモデルとした人物が悪役として登場すること、戦争児童文学であること、ファンタジーであること、ジュヴナイルSFであること、さまざまな読みの可能性を秘めています。「語られるべき」という観点でみれば、これが2016年の最重要な作品です。出れば必ず年間ベスト級の傑作になることが約束されている福音館祖父江関西SF作家シリーズ*1田中啓文が登場。文章のリズム感がすばらしく、紙の上で落語の酩酊的な笑いの世界を再現することに成功しています。、
なりたて中学生 上級編

なりたて中学生 上級編

ひこ・田中の「なりたて中学生」三部作が完結。進学に不安を抱いている小学校高学年の子どもに向けて中学校生活をシミュレーションしてみせるという趣向の作品です。と同時に、集団行動や部活動の不気味さ、組体操で子どもを苦しめて喜ぶ保護者といった、学校の闇に鋭く斬り込んだ社会派児童文学にもなっていました。拒否することのできない「おまけ」という観点からの部活動についての考察には、納得させられます。社会派児童文学といえば、菅野雪虫の「女神のデパート」シリーズにも注目する必要があります。老舗デパートの社長が倒れたため小学生の娘が社長に就任させられるという設定で、衰退社会になってしまった現代日本の姿が描かれます。異世界や過去を舞台にしたファンタジーの形式で社会派児童文学を書き続けてきた菅野雪虫が、現代を舞台にどのような物語を展開していくのか、先が楽しみです。
百年後、ぼくらはここにいないけど

百年後、ぼくらはここにいないけど

地理歴史部という地味な部活で百年前の渋谷のジオラマ作りという地味な活動をしている地味な中3男子の物語。この作品は地味であることが肝で、その地味さのなかからドラマ性を発掘するテクニックがうまいです。地味な日常に倦んでいる中学生男子にアピールできる貴重な作品です。梨屋アリエの久しぶりのYAは、連作短編『きみスキ』の続編です。新キャラの思いこみの激しいストーカー少女を暴走させ物語はコミカルにスタートしますが、だんだん他人の内面のみえなさといういかんともしがたい闇に踏み込んでいきます。主役を務める善良な中高生たちの抱える悩みや問題が根本的に解決されることはありません。ハッピーエンドを迎えることなくそれぞれの日常は続いていきます。この苦いリアリズムが、読者の胸を刺します。
飛び込み台の女王 (STAMP BOOKS)

飛び込み台の女王 (STAMP BOOKS)

スポーツエリート校に通い飛び込み競技に取り組んでいる女子を主人公としたドイツの児童文学。主人公のナージャは飛び込みの天才であるカルラに心酔していて、カルラに隷属しているかのような行動をしています。しかし、カルラが飛び込みに行き詰まったことから、ふたりの関係は破綻していきます。死の気配が濃密に漂う学園のなかで緊張感たっぷりに描かれるふたりの関係性の危うさに、読者は圧倒されます。お笑い芸人志望*2の中学2年生すいすいが、昭和アイドルみたいな奇抜な格好をした転校生のるりりと組んで芸能界を目指す話。コンビであっても、相手のことを100%理解することは不可能です。るりりの家庭環境などを知って自分はるりりのことをなにもわかっていなかったということを理解してから、すいすいはさらにるりりを求めるようになります。軽妙なギャグとシリアスな背景を一体化させ関係性の機微を描く、令丈ヒロ子の職人技が凝縮されたような作品になっています。
ふしぎ古書店1 福の神はじめました (講談社青い鳥文庫)

ふしぎ古書店1 福の神はじめました (講談社青い鳥文庫)

心に闇を抱えた文学少女東堂ひびきが、福の神の弟子として人助けに勤しむ話。大切な友だちとの出会い、大人の敷いたレールへの反抗、善意と幸福感に満ちた世界と、正統派児童文学に求められる善きものがたくさんつめこまれた作品です。もっとも注目すべき2016年の新人は、にかいどう青で間違いないでしょう。
ところで、にかいどう青はライト文芸レーベル講談社タイガで、「ふしぎ古書店」シリーズとリンクした『七日目は夏への扉』という作品も発表しています。講談社タイガでは講談社YA! ENTERTAINMENTと連携した石川宏千花作品も刊行されています。児童文学ともっと上の年齢向けの小説を繋ぐ試みがこれから広がっていくのか、今後の動きを見守っていく必要があります。
七日目は夏への扉 (講談社タイガ)

七日目は夏への扉 (講談社タイガ)

2016年5月28日、末吉暁子が亡くなりました。ファンタジーの形式で母と娘の確執を描いた『星に帰った少女』(偕成社・1977)やシングルマザーの自立をユーモラスに描いた『ママの黄色い子象』(講談社・1985)など、時代をリードする記念碑的な作品をたくさんものした作家でした。
忘れてならないのは、がんこちゃんという国民的人気キャラクターを育てた功績です。2016年の大晦日に「『ざわざわ森のがんこちゃん』放送20周年スペシャル エピソード0〜ざわざわ森とさばくのひみつ〜」が放映されました。

ざわざわ森のがんこちゃん』が人類滅亡後の砂漠化した地球を舞台にしたポスト・アポカリプスSFだというのは有名な話ですが、この「エピソード0」は、タイムスリップしたがんこちゃんが人類滅亡寸前の砂漠でふたりきりで暮らしている兄妹に出会う話となっています。厳しい環境で生き残るために感情を持たないように教育された子ども、砂漠の砂となって消えていく人類*3といった、日本児童文学の闇を凝縮したような恐ろしい物語に大晦日のお茶の間は凍りつき、2016年の締めくくりとなりました。

*1:福音館書店から出ていてブックデザインの祖父江慎タイポグラフィ芸を炸裂させていて関西SF作家が執筆している、『どろんころんど』『鈴狐騒動変化城』『シンドローム』あたりの作品群を指す。だれか、いい略称を考えてください。

*2:このほか、青い鳥文庫で継続中の「温泉アイドル」シリーズ、著者初の一般向け小説『ハリネズミ乙女、はじめての恋』(KADOKAWA)と、家族とお笑いをテーマにした作品がいくつも刊行されました。2016年は令丈ヒロ子を語る上で重要な年のひとつになりそうです。

*3:参考資料『砂のあした』