「すみれの指の魔法」
主人公の若者は大きなレストランに勤めていましたが出世の見込みがなく、仕事を辞めてとなり町に赴きます。その途中で、すみれの花に囲まれた不思議な村に迷いこみます。当然こんな空間が現世のものなわけがありません。村にたどりついたときは夜で、月明かりのなかふわりとよい香りを感じるだけでしたが、明くる日に一面のすみれの花を見るという光景の変容のあざやかさが印象に残ります。この村に立ち寄ったことにより若者の運命は変わり、職もパートナーも得て満たされます。地図にもない謎の空間とのかすかなつながりがその幸福を支えるさまが美しいです。
「リルムラルム」
食べ物をもらえるあてが外れ飢えた姉弟は、「リルム ラルム あまい 野いちご ひみつの いちご」という歌い声に誘われて森のなかに入ってしまいます。亡くなった父親が「ひとりで森へ行ってはいけない」「あそこには、いろんな者たちがいるからね。ちっさい子は、みんなどっかに連れてかれるんだ」と警告していたのに……。
いつの間にか歌の内容が変わり、姉弟は無数のうさぎに取り囲まれます。うさぎがこんなに怖いことあるの? かっこうの鳴き声によって別世界と現世を区切る仕掛けがうまく機能しています。しかし、一時の危機は脱したもののこれからも自分より弱い弟を守りながら先の見えない人生を生きなければならない姉の絶望感は、読者の胸に刻みつけられます。