『ふでばこのくにの冒険』(村上しいこ)

文房具たちが動く話なので、佐藤さとるの『ぼくの机はぼくの国』のような楽しげな話を期待したくなりますが、あいにく著者は村上しいこです。
主人公は、男の子の姿をしたフィギュア。彼は3Dプリンターで修人という男子そっくりに作られたものでした。修人の部屋で目覚めた彼は、えんぴつなどの文房具に囲まれて「ふでばこのくに」のルールを説明されます。奇妙なのは、人ではないはずの彼が修人本人と同じ記憶や感情を持っていること。文房具の仲間から「ボーイ」という名前を与えられた彼は、つらい状況にいる修人を救おうと奮闘します。
修人の父親は精神を病んでいて、修人の母親に捨てられます。母親がすぐに新しい家庭を持って幸せそうでいることもあり、修人は荒れていました。精神を病んだ親は村上作品ではおなじみですが、それが父親であるのはあまりなかったような気がします。そもそも、児童文学全体を見ても精神を病むのは母親である例が多いように思われます。この作品は、精神を病む親という類型のジェンダー是正が試みられたケースと受け取れるかもしれません。
対象年齢が小学校中高学年くらいなこともあり、村上しいこのいつものYA作品よりは展開が甘いようにみえます。しかし、村上しいこならではの寒々とした世界認識はそこかしこにみられます。すべてがうまくいったかのようにみえたあとに、あえてボーイがブラックの悲しい運命に言及するところとか。
特に興味深いところは、ボーイが修人の母親の新しい娘に「ふでばこのくに」について説明したセリフです。

「国境も武器もないけど、共感しあえるひととなら、なかよくなれる」

この言い方を素直に受け取ると、国境や武器があることこそがなかよくなることの前提条件であると読めます。また、共感を重視する「ふでばこのくに」の住人の価値観にもいびつさはあります。国境や武器なんてないほうがなかよくなれるという理想論をいう方が簡単ですが、あえてその反対の道を突き進むあたり、やはり村上しいこは常人には真似できないことをするなと思わされます。