「クレヨン王国月のたまご」PART2〜PART8(福永令三)

完結記念ということでまとめて再読しました。ネタバレには配慮していません。
クレヨン王国 月のたまご PART2 (講談社青い鳥文庫)

クレヨン王国 月のたまご PART2 (講談社青い鳥文庫)

☆あらすじ
 クレヨン王国ではカメレオン首相が辞職し、ナルマニマニ博士も謹慎中の身。ゴールデン国王も病気で倒れ、政治の実権はイタチのダガーに握られつつあった。
 ストンストンとアラエッサは月のたまご救出の功績により伯爵になっていた。ところが実際は二人が真実を暴露しないように監視がつけられ、不自由な暮らしを強いられていた。二人はサードを連れ戻すために家出をする。そのためふたりの身分は伯爵から指名手配犯に転落した(容疑はサードとまゆみの殺害)。
 一方月のたまごに寄り添っていたサードはベタリブータリから芳子姫を救出するためタイムトンネルを戻ってきた。しかし姫は消滅してしまいます。ところが都合のいい事に、消滅するに際して姫はサードの年齢を奪っていきました。めでたくサードは若返ります。この後サードは芳子姫の母ダマーニナと出会い、彼女とともにクレヨン王国を目指す。
 アラストコンビの逃避行とサード、ダマーニナの帰還が平行して描かれる。サードは途中でダマーニナを見捨てて(人非人)一人クレヨン王国に戻ります。アラストコンビと再会しそして……。
☆みどころ
月のたまごのそばで発狂寸前のサード。極限状態の人間の精神状態が鬼気迫る描写で描かれ非常に読みごたえがあります。思えばここからサードはへたれ化してしまったのです。これからしばらくは「まゆみ」と叫ぶしか能のない人間になっています。
②永久にさん、可及的すみやかくん初登場。
③伝説の音痴少女、七町さつき像
④白いベッドのなかでサードの指をかむダマーニナ。このシーンは初読の時は赤面しながら読んでいました。大事なさざ波ミラーをなすがままに奪われてしまうサード、やはりへたれです。サードがこんな態度だからダマーニナもまゆみも苦労したんですよ。
⑤そして再会。このために続編を書いたのですから、これを見せてくれなければ嘘です。きちんと義務は果たしています。  
☆あとがき
この時点では「三部作」にする予定だったそうです。大嘘です。
☆感想
 アラストコンビを使って物語が深刻になりすぎないようにする構成は見事です。サードとダマーニナの運命的な出会い、そしてまゆみとの再会。義務を果たして完結への布石を打つための巻ですが、その役割は果たされ次に期待させてくれます。

クレヨン王国 月のたまご PART3 (講談社青い鳥文庫)

クレヨン王国 月のたまご PART3 (講談社青い鳥文庫)
☆あらすじ
 再会の喜びもつかの間、サードはダマーニナのベッドで飲んだ憎しみの水のために病に倒れてしまう。必死で看病するまゆみたち。
 ナルマニマニ博士は雲影刑務所でとらわれの身。雲影では海の小人の大量死事件が起きるがドーマル所長はそれを隠蔽。所長はナルマニマニに海の小人の予言書の解読を命じる。ナルマニマニは予言書から魔女がクレヨン王国に災厄をもたらすと知り、脱獄を謀る。
 ダマーニナはごせいもくさまとして大勢の信者を得、クレヨン王国での地位を確立する。
また、写真でまゆみを見てまゆみがつまらない普通の女の子である事を知り、彼女に対する憎しみをあらたにする。
 まゆみはカメレオン総理にサードの無事を知らせるため一人旅立ったが、彼女を魔女だと勘違いしたナルマニマニに拉致される。まゆみは車の荷台から落ちたが、ナルマニマニは警察に拘束されてしまう。
 サードは左手の痛みにまゆみの危機を直感し、彼女を救うために立ち上がった(サード隊長復活か!?)。
☆みどころ
①まゆみとアラストコンビ。病気のサードをほっといてつかの間の幸せな時間を過ごします。アラストを相手にしているまゆみはまるで保母さんのよう。無邪気な掛け合いで和ませてくれます。
②ダマーニナとダガー、悪役頂上対決。どちらも腹に一物あり、緊迫感のある会話がやりとりされます。ダガーが去った後のダマーニナのせりふが「あれで、おどかしたつもりなのかい。へぼ役者が」ハードボイルドです。
③ナルマニマニ博士大暴走。なんと言ってもこの三巻で一番活躍したのはナルマニマニです。影の主役といってもいいでしょう。学問一筋で頑張ってきたであろう彼がご老体にむち打ってなれない活劇を繰り広げる。泣かせてくれます。まゆみを魔女だと勘違いして拉致するとは、暴走と表現するしかありません。
 脱獄の時はオープンカーでカーチェイス。まゆみ拉致の時はトラックでカーチェイス。本当に無理して頑張ってくれました。ああ、サードが彼の半分でも働いてくれていたら……。一巻分まるまる闘病生活するヒーローとはへたれもいいところです。 
☆あとがき
「ダマーニナを殺さないでください」というファンレターが多かったらしい。クレヨン王国の読者、察しがよすぎ。さらに作者は「ダマーニナにもやさしくするつもりである」とわざわざ宣言しています。福永先生、かえってこわいんですけど。
「パート4で完結なのか、5まで続くのかというご質問に対してはいまのところ、書いてみなければなんともいえない、としか申しあげられない。」正直です。でも5で終わるというのは見通しが甘かったですね。 
☆感想
 繰り返しになりますが、ナルマニマニ博士よくがんばった。そしてサードはへたれ。
 このあたりから悪役のキャラが立ちはじめて、おもしろくなりそうな予感は持てます。ただし冗長な感は否めません。
 この巻はナルマニマニとダマーニナに萌えればOKということで。

クレヨン王国 月のたまご PART4 (講談社青い鳥文庫)

クレヨン王国 月のたまご PART4 (講談社青い鳥文庫)
☆あらすじ
 サードはカメレオン元総理と再会するためシブシアを目指す。ユーシンでヘリコプターを手に入れるために金持ちのブタ、ナレンナーさんと交渉したが、彼女は引き替えにストンストンを養子にと要求してきた。ストンストンは金に目がくらんで承諾。ついでにアラエッサもストンストンの第三付属物として引き取られる(この時点で月のたまご探検隊は三手に分断される)。
 一方シブシアのカメレオン元総理はヌラリン中佐とともにヘリで白籐山に向かっていた。ところがヘリにはダガーの陰謀で爆弾が仕掛けられていた。ヘリから脱出する際カメレオン元総理はヌラリン中佐にパラシュートを交換する事を強要する。パラシュートは開かずヌラリン中佐は殉職(……か?)。海上で漂流していたカメレオン元総理はサードに助けられ再会を果たす。
 まゆみは盲目の子馬ピーターと出会い、サードのいた水車小屋を目指すことにする。途中でアービング=Z7=ドラスゴー氏に会い、ナルマニマニ博士へのレポートを託される。
☆みどころ
①ヌラリン中佐殉職。まったく罪のないヌラリン中佐からパラシュートを取り上げ、一人助かったカメレオン元総理は鬼です。この辺りから物語の方向性が見えなくなってきました。福永令三は政治陰謀劇がやりたいのか?PART1とはだいぶ物語のトーンが変わってきました。
②心の金銭問題。ストンストンとナレンナーさんとの交流。ナレンナーさんとの絆が強まったおかげでアラエッサが疎ましくなるところが皮肉です。
③ダマーニナ、馬でココロールを引きずる。ダマーニナの出番はこれだけです。
☆あとがき
 作家を目指す読者のために福永令三のすさまじい修業時代が語られています。「クレヨン王国の一二ヶ月」が本になる前に彼が書きためた原稿はなんと5万枚。これには脱帽するしかありません。この時点ではPART6で完結予定。
☆感想
 月のたまご探検隊をバラバラにして読者をじらそうという意図はわかりますが、それにしてもたるい。サードは寄り道しないでさっさとまゆみを助けにいけといいたくなります。まあ結局最後まで読んでしまうわけですから作者の術中にはまっているといえばその通りです。
 まゆみがピーターに語った「あの人たち、辛い人をはげますために生きるっていう使命をうけていたんだわ。」という浅薄な障害者理解は否定しておきます。

クレヨン王国 月のたまご PART5 (講談社青い鳥文庫)

クレヨン王国 月のたまご PART5 (講談社青い鳥文庫)
☆あらすじ
 カメレオンを救ったサードだが、ヘリコプターが不時着し途方に暮れる。
 サードが約束の期日にヘリを返しに来ないので、ナレンナーさんは第三付属物のアラエッサを追い出す。ナレンナー宅にも司直の手が伸びてきたので、ストンストンも逃亡する。アサストコンビは再び漂泊の身に。
 まゆみは尼僧オルガと出会い同行する。まゆみはオルガの前でサードは生きていると口走ってしまう。一行はマート=ブランカ大尉に出会う。大尉はピーターの目を手術するが、麻酔が切れたピーターは逃げ出してしまう。まゆみも大尉にドラスゴー氏のレポートを託し行方をくらましてしまう。
 まゆみとの出会いによりサード死亡に疑問を持ったオルガは、時計塔で針にぶら下がり人々の前でサードの生存を訴える。
☆みどころ
①マート=ブランカ大尉登場。無骨な軍人さんで、サードよりはるかにヒーロー役にふさわしそうです。
②サード、介護地獄に。カメレオンがぎっくり腰になり、サードはこの間まるまる介護をしていました。老人のわがままに翻弄されるサード。ついにカメレオンはまゆみの真似をはじめ、サードにいうことをきかせようとします。そんなことをしていていいのか、サード。カメレオンなんか捨ててまゆみを助けにいけよ。サードにとってはまゆみへの愛より老人介護の方が優先順位が高いようです。
☆あとがき
「あと一巻か二巻、とにかく一九八九年じゅうには完結させる決心」だそうです。ちなみにPART8が出たのは90年3月、完結編が出たのはついこの間、2005年2月でした。きっと89年のうちに書き上がってはいたのでしょうけど。
☆感想
 ストーリーはほとんど進んでいません。リアルタイムで追っていた人は相当やきもきさせられただろうと思います。
 それからサードの情けなさは本当にどうにかしてほしいです。

クレヨン王国 月のたまご PART6 (講談社青い鳥文庫)

クレヨン王国 月のたまご PART6 (講談社青い鳥文庫)
☆あらすじ
 ダマーニナの持つサードの指輪の真贋を判定するため、キラップ女史がダマーニナのもとに派遣される。キラップ女史の報告を聞いたシルバー王妃は指輪が本物である事をさとった。
 奇病青ころりの存在を知ったまゆみは、その症状がサードの病状と似ていることに気づき、アラエッサの薬を持ってサースデンに駆けつける。サースデンでゲードック医師と再会し、彼のもとで看護婦三号として働く事になる。アラエッサの薬によって患者は回復した。まゆみと看護婦一号は病気の原因を探るために鏡の森に赴く。そこでまゆみはダマーニナの手に落ち、看護婦一号は逃げ出した。
☆みどころ
①キラップ女史。クレヨン王国を代表する変人ですから。
②アラエッサ、天狗石のてっぺんで朝を告げる。ここは必見です。いままでの「月たま」のなかで一番美しい場面でした。
③タナムシ教授。キラップほどではないにしてもいいキャラクターです。ダマーニナの名付けた「夜咲きカズラ」を勝手に「夜ざきタナムシカズラ」という学名にしてしまうちゃっかりものです。隙が多くてちゃらんぽらんな人間です。でもなぜかダマーニナは気を許して自分の本名を教えてしまいます。けっしていい人間ではないけれどふしぎな魅力を持っているようです。
④ダマーニナ、青ころり患者を抱きしめさらに人々の崇拝を集める。
⑤まゆみ、職場の人間関係に悩む。青ころりの人のためにボランティアにきたはずなのに、病気と同時にいやな上司とも戦わなくてはならない。やな現実に直面してしまいました。でも職場ではやな上司だった看護婦一号も、鏡の森では違う顔を見せます。看護婦一号との絡みの場面は50ページほどしかありませんが、短い中で人間の複雑さが見事に描かれています。
☆あとがき
とうとう終了予定にはふれなくなりました。
☆感想
 しばらくたるかったのが一気に持ち直しました(相変わらずサードは何もしていませんが)。今回みどころに挙げた部分はどれも本当に秀逸です。特にまゆみと看護婦一号の葛藤は、そこだけで一巻分くらいの値打ちがあります。
 ストーリーもようやく動き始めました。そもそもこの物語の主題は、サードまゆみダマーニナの三角関係にあったはずです。それなのに三巻のラストからこの六巻のラストまでこの三人が顔を合わす事はありませんでした。これでは話は進まないはずです。児童向けの娯楽小説としてはそれが逆に斬新だったかもしれませんが。とにかくまゆみとダマーニナの邂逅によって、やっと物語が本道に戻りました。後はサードが頑張ってくれさえすれば……。 

クレヨン王国 月のたまご PART7 (講談社青い鳥文庫)

クレヨン王国 月のたまご PART7 (講談社青い鳥文庫)
☆あらすじ
 ナルマニマニから海の小人の予言書の内容を聞いたダガーは、予言書の魔女はまゆみと同一人物であるダマーニナだと予想する。そして青ころりの防止を口実に一気に邪魔者を片づけようと、鏡の森の焼き討ちを決定する。
 アラエッサとストンストンはゲードックの仮設病院でまゆみの危機を知る。まゆみを救出するために青ころり患者の中から有志を募り、「新月のたまご探検隊」を結成し鏡の森を目指す。そのほかにもキラップ女史、マート=ブランカ、タナムシ教授らが続々と鏡の森に集結する。役者たちが鏡の森にそろい、いよいよ物語はクライマックスへ……。
☆みどころ
①アラストコンビ、句会に参加する。もう残すところ一巻しかないのにそんなことしていていいのか?いいようです。アラストが知ったかぶりで芭蕉の句を解釈してみせるシーンは笑えます。苦しいながらもこれだけ言い逃れが出来る彼らは相当頭がいいはずです。
②ナルマニマニ、30年越しの恋の終焉。あのおろかだった青春時代を取り返す事は出来ません。「あらあ」の姉妹の姉、アンナの悪意に戦慄させられます。
③まゆみ、ダマーニナ、サードを巡る対決。息詰まる女の戦いは大変結構です。ただ一つ疑問なのは、サードのどこがそんなにいいのかが全然理解できない事です。少女小説や少女漫画はそういうものだと思って読むしかないのでしょうか。
クレヨン王国閣議。プーチ首相代理は例のごとく仮病で責任放棄。その間にダガーが大臣たちを恫喝する。クレヨン王国の政治は腐敗しきっています。
⑤クリームソーダの正しい食べ方。クレヨン王国ファンは必ず身につけなければならない技能のひとつだとか。
⑥意外な取り合わせ。ダガーVSタナムシ教授。偉大なる俗物、タナムシ教授大活躍です。戦う動機が美しいごせいもくさまのためで大いに結構です。ダガー相手に食い下がる彼は勇気があるのか単に鈍いだけなのか。自分に害がおよばない限りにおいては応援したくなるキャラクターです。
☆あとがき
日本の児童文学に対する不満がえんえんと。
☆感想
 これぞエンターテインメントです。ヒロインの危機。決戦の地に集結する人々。文句なしに期待させる終わり方です。そこまで一直線に行かずにさんざん寄り道をするのがかえってこの作品の長所になっています。ここまできたらもうそう納得するしかありません。
 しかし悪役のダガーは小物ですね。要は自分の上にいる邪魔者を亡き者にしようというそれだけの考えです。こんな小物にいいように混乱させられているクレヨン王国の政治はもう末期症状と言っていいでしょう。有能な政治家はいないのか。そういえばこの後なんか、話題づくりのために年端もいかない少女を大臣にするくらい転落するんでしたね。
 ところでサードは?

クレヨン王国 月のたまご PART8 (講談社青い鳥文庫)

クレヨン王国 月のたまご PART8 (講談社青い鳥文庫)
☆あらすじ
 ダガーの爆弾で足を負傷したダマーニナは、まゆみと和解し海の小人の王になった。
 ダガーの乗っていたヘリが墜落し、彼はうるしにまみれて倒れてしまう。鏡の森焼き討ちは結局失敗に終わった。
 月のたまご探検隊も再会しめでたしめでたし。
☆みどころ
①失恋コンビ、ダマーニナとタナムシ教授。いや、タナムシ教授はすごいです。彼は俗物ですが、恋愛に関しては一本筋が通っています。見込みのない恋のためにここまで危険を冒す事はなかなか出来るものではありません。そんな彼にダマーニナがかけた言葉が「あなたは、いちばん好きな人とまではいえないけど、でも、いちばん大切に思わなければいけない人だわ」すばらしく残酷なふられ方です。でも、最高のふられ方です。
②ダマーニナの宝石の雨。
③うるしにかぶれたダガー。プーチにまでバカにされて非常に哀れです。因果応報。
☆あとがき
 クレヨン王国で詩が多用されるのは伊勢物語の影響だったのですか。驚きですが、言われてみれば納得かもしれません。
☆感想
 この物語は8巻もかけていますが、ほとんど本道のストーリーは語られていません。サイドストーリーの集積で成り立っているようなものです。ところがそのサイドストーリーの方が質が高いために、結構楽しめてしまうのです。特にダマーニナの劣等感の物語、ナルマニマニの青春の総決算の物語は、年をとってから再読した時にさらに味わいのでる深い物語です。そのほかにも一回使い切りのエピソードにもいい話はいくらでもありました。
 ところが本筋の方がどうしようもありません。こんな最終回じゃ納得できませんよ。なにが乾杯ですか。ダマーニナが海の小人の王になるって、ていのいい厄介払いじゃないですか。サードがまゆみと離れているあいだ何をしていたかもはっきりしません。7巻の最後は盛り上がっていたのに、いいところはすべてタナムシ教授にさらわれています。やはり1巻で終わらせた方がよかったかもしれません。
 完結編を読んだ時はストーリーはほとんどうろ覚えでした。8巻までの内容を確認したのでもう一回読んだらだいぶ見方が変わるはずです。こうなったら四土神以降もまとめて読んでみます。