「風のむこうに」(皿海達哉)鳴けないうぐいすのために

「風のむこうに」(皿海達哉
 あとがきに鳴けないうぐいすのエピソードが紹介されています。2羽のうぐいすを同じ部屋で飼うと、声のいい方だけが泣いてもう1羽は決して泣かないというのです。そして皿海は、自分は鳴けないうぐいすを書きたいのだと述懐します。特別な子供ではなく普通の子供、むしろダメな方の子供を描こうという児童文学のひとつのあり方を開拓した功労者の一人に皿海は数えられると思います。現在のヤングアダルト周辺、特に講談社児童文学新人賞でデビューした女性作家がその流れを受け継いでいます。森絵都魚住直子草野たきといった面々です。ただ女性作家に偏っているので、普通の男の子が主人公の中学生向きくらいの小説があまりありません*1。おそらく中学生くらいで本を読む男の子はライトノベルに流れてしまうので、出してもあまり売れないという事情もあるのではと思います。
 ともかく、1980年に出版されたこの短編集でどんな少年が描かれているかを見ていきます。

佐橋さんのこと

 図工の時間に彫像をつくったら、好きな女の子に似ていてみんなにからかわれる。そしたら本当にその子にモデルになってもらったような気になりちょっと幸せになる。と、それだけの話です。ダメな子がなしくずしにいい目にあうという話が皿海作品にはありますが、そんな楽観性をもてるだけいい時代だったのかもしれません。
 その傾向が顕著なのが「少年のしるし」に収録されている「マラソン」です。ついでなので筋を紹介します。マラソン大会で、疲れたので踏み切り前で足踏みして休んでいると、ルールを守るいい子だということにされて周囲の評価があがるという話です。動機は不純なのにいい方に解釈されてうまくいったというわけです。こんな話を見るとやはり牧歌的に感じます。踏切を無視して走るのが当然とされる時代性も今となっては異様ですが。

駅前通りの占い師

 群衆を集めて占いをする占い師を冷静に監察する少年。でもカラクリを知りつつも気になって占い師に接近します。少年と占い師の心理戦が読ませます。

白い包帯

 本田健一はクラスメートの望月の万引き現場を目撃します。望月は常習ではないと弁明しますが、色々な状況から疑惑がもたれます。そんなある時、学級会の議題で万引きが問題になります。クラスで活発な議論がされますが、健一は自分がしゃべったと望月に疑われるのではないかということばかり気にしています。そして望月は思いがけない行動に出ます。

小野兄弟の通信簿

 小野兄弟の兄は体育以外オール5というある種の典型的なタイプ。一方弟は体育の方が得意というタイプです。ところが弟は、実は兄が運動が得意なのにそれを隠しているのではないかという恐ろしい疑惑を持ちはじめます。
 兄弟に対する優越感劣等感、過小評価過大評価、親しみと疎ましさ、相反するいろんな感情が読みとれる好短編です。

*1:笹生陽子は少年が主人公の小説を多く書いていますが、どちらかというとできのいい子が主人公になっています。「楽園の作り方」などはよいダメ人間小説でしたが。