「坂をのぼれば」(皿海達哉)

坂をのぼれば

坂をのぼれば

 この作品集の中から短編二つの導入を紹介します。

「リレー選手木村利一」
 木村は4年生の時、運動会のスエーデンリレーの選手に選ばれ大活躍しました。木村はそう運動のうまい方ではなかったのですが、4年生の時の功績で5年、6年でも選手に選ばれます。幸運(不運)なことに、4年生の時はスエーデンリレーが導入された最初の年でノーマークでした(そのため木村が選手に選ばれた)が、次の年から花形競技になります。4年では成功した木村でしたが、5年ではバトンを落としてチームの足を引っ張ります。6年で挽回しようと張り切る木村でしたが、同級生がある賭をしているのをこっそり聞いてしまいます。彼らによると、木村はずるいやつで負けそうになったからわざとバトンを落としたのだというのです。そして今年も木村がバトンを落とすかを賭のネタにしていました。さて、木村はどうするか。

「花がらもようの雨がさ」
 初江は今回の算数のテストに期待していました。前日に父親に教わって勉強し、ひょっとしたら5年生になって初めて百点を取れるかもと思っていたのです。ところが帰ってきた答案は60点。優等生のゆり子さんが95点を取ったと聞いてさらにへこむ初江。ところが思いがけないどんでん返しが起こりました。よくみると初江の持っている答案には、ゆり子さんの名前が書いてあったのです。うれしいけど気まずすぎです。どうする?

 と、両作品ともあまりにやるせない状況設定がはじめに投げ出され、あとは延々と主人公の心理の動きが描かれるのです。自分が木村や初江の立場だったらどうするかと考えるだけで胃が痛くなりそうです。彼らは極端にいい子でも悪い子でもありません。でも、いい面も悪い面も持っているし、強い面も弱い面も持っています。本当に等身大の子供なんです。ただ、彼らもプライドを持っていて、そのためにならささやかに戦う気概を持っています。ですから過度に主人公に感情移入して読めます。こういうのが小説を読む楽しみなんだと実感させてくれる作品です。