「クレヨン王国道草物語」(福永令三)

クレヨン王国 道草物語 (講談社青い鳥文庫)
クレヨン王国 道草物語 (講談社青い鳥文庫)」(福永令三
 道草物語……。まさにシリーズの本質をついたタイトルです。「月のたまご」自体が8割方道草みたいなものですからね。そもそもサードがさっさとクレヨーン市にもどっていればあんな混乱はなかったんですから。そして、いろいろ物議をかもした例のストンストンとパッパカのなれそめが描かれている続編第2巻です。
 最初の場面は雲影刑務所長ミンセンのエピソードです。久しぶりに家族と過ごしている彼のもとに、刑務所の集団脱走事件の報が飛び込みます。折しも子供がお受験を控えていて、単身赴任は不利だから面接で父親の職業を聞かれたときになんと答えたらいいか悩んでいたときです。単身赴任、中間管理職の苦悩、中年男性の悲哀がこれでもかと描かれています。なぜ少女小説なのにこんなテーマを?いえ、この冷徹な人間観察がクレヨン王国シリーズの見所です。
 アラストコンビはマート・ブランカ、そして精鋭美少女部隊とともに脱走犯の捜索に向かいます。そこでストンストンとパッパカの事件が起きてしまうのです。まずけだものばかりの美少女部隊というのが理解に苦しみます。パッパカさんは大好きなキャンプができると思って軍人を志望したそうです。そんな動機でいいのか?クレヨン王国の軍隊は大丈夫なのか?
 そしてふたりはお約束の遭難イベントになだれ込みます。上官のマート・ブランカが携帯電話で「夜はひえこむ。凍死もありうる。火をもやし、からだをよせあって、寒さから、いのちをまもるんだ」なんて絶妙の煽りを入れてくれます。本当にけしかけているようにしか見えません。二人は一夜で行き着くところまで行ってしまいます。護衛している伯爵と仲良くなってしまうなんて不祥事もいいところだと思いますが。携帯電話を切っておくなんていう描写が生々しすぎます。これも軍人としてはあるまじき事だと思いますけど。上官の命令に背いてるんですから軍法会議ものでしょう。本当にクレヨン王国の軍隊が心配になります。
 ついでに、ストンストンとパッパカのかげに隠れて忘れがちになってしまいますが、ルカがモニカにセクハラをする場面も出てきます。いくら女同士とはいえ中学生になったばかりの多感なお年頃の少女にいきなり見せるのはひどいですよ。
 集団脱走事件もうやむやのうちに収束します。サードの帰還というイベントもあまり魅力的には思えないし(サードを総理大臣になんて悪い冗談としか思えません)、だらだらと次巻に続きます。
 気になったのはルカとモニカの会話の中に出てきた「クレヨン王国は人とより深刻に対立していく」というセリフです。だからここんところクレヨン王国に迷い込む人間が少なくなっていたのでしょうか。「月のたまご」以降多くの作品がクレヨン王国の中だけで完結していて、人間との交流がみられなくなっていました。このあたりでなにか作者の心境の変化があったのかもしれません。