「世界はおわらない」(ジェラルディン・マコックラン)

世界はおわらない

世界はおわらない

 ノアの箱舟伝説のパロディ。人々から存在を忘れ去られてしまったノアの娘ティムナを主な語り手としています。ここからこの作品のスタンスのひとつが見えるでしょう。実際聖書には、ノアの妻やノアの息子たちの妻の名前についての記述はありません。実際ノアに娘がいたとしても、彼女の存在がシカトされるというのはいかにもありそうな話です。
 物語は洪水の直前から始まります。ノアの一家は近所から変人扱いされ迫害されていました。しかしノアは神に選ばれた自分たち以外の人間を悪魔呼ばわりしている狂信者。おまけに世界中から様々な動物が集まってきて大騒ぎになるのだから大迷惑です。近所の人たちが引くのも無理のない話です。さらにノアの一家は、まだ結婚していない末息子のために近所の娘さんを拉致してきます。犯罪以外のなにものでもありません。
 洪水が起こると、ノアたちは助けを求める人々を冷酷に突き放します。奇跡的に漂流した人々も武装して追い払います。なぜなら他の人間は罪深い悪魔だから。ここで、ティムナと末息子のヤフェト、無理矢理ヤフェトの妻にされたツィラが漂流していた二人の子供を拾うことで物語は動き出します。
 家族というカルトのなかで、それでもそれぞれの思惑を持って行動する人間たちのドラマが濃密に描かれています。まぎれもなく大傑作。早くも本年の翻訳ファンタジーのベストは決まってしまったかもしれません。