「昔、そこに森があった」(飯田栄彦)

昔、そこに森があった (理論社の大長編シリーズ)

昔、そこに森があった (理論社の大長編シリーズ)

 南の国の農業高校、夜明高校が舞台の奇妙な学園小説。夜明高校の名物は校門から玄関口まで百メートルも続く木のトンネルで、このトンネルは「八郎トンネル」と呼ばれ愛されています。他にも運動場の真ん中に桜の巨木があったり、自然に恵まれたのどかな環境にある高校です。しかしながら生徒の学力の低さは深刻で、教師集団は「退学者を出すまい、入学者全員を卒業させよう!」を合言葉に教育活動に励んでいます。35歳の独身男高倉彦太郎が非常勤講師としてこの学校に赴任してくるのですが、その前日にわざわざ校長が挨拶にきて、こんなことを言います。

信じられんことですが、生徒がサルなもんですから、生徒が全部、正直なところ

 なんですと?

生徒だけではなく、先生たちも動物なもんじゃから、全員。キリンにカバにパンダといった具合で……

 別に生徒がサルのように騒がしいとかいう比喩で言っているのではありません。なんでも八郎トンネルを抜けると生徒はチンパンジーやらニホンザルやらいろんなサルに、教員も、校長は二枚舌のタヌキ、教頭はカメレオンといった具合に変身してしまうのだそうです。ここまで面白そうな設定を作られたら500ページ超の分量もなんのそのです。
 さて、こうなると主人公の高倉がどんな動物になるかが興味深いところですが、高倉がはじめて変身する場面はこのようになっています。

なんだ、ブタか、おれは。ブタさんだったのか。オレの正体は。なんだ、そうか。マイッタ。うん、こりゃほんとにマイッタ。がっかりだ。うん、もうがっかりだ。生きる希望をなくしたね。さんざん気をもんだあげくがブタさんとはな。もうダメだな、おれは。マイッタよ。もうマイッタね、うん、もう……。

 こんな序盤からそんなに脱力してだいじょうぶなのか、高倉。まだ先は500ページ以上あるというのに。序盤からこんな感じで妙にのほほんとした空気が全編に漂っており、独特の作品世界を作り上げています。
 しかしながら学園小説として読むと非常にシリアスです。生徒も教師も動物キャラにデフォルメされているので、リアリズムで攻めるよりもかえって直裁に本質をえぐり出せている面もあります。動物教師が逃げ回るサルの生徒を木に登って追いかけ回すのですから、文字通りの体当たり教育です。
 高倉は初授業に、ビートルズの楽譜と絵本を持って挑みます。英語教師なのでビートルズは定番ですが、ひげ面中年男にミスマッチな絵本というアイテムを持ってきたのが面白いです。それもレイモンド・ブリッグズの「ゆきだるま」、渋い。しかし、意表をつくアイテムを持ってきたからといって魔法のように授業がうまくいくわけがありません。最初のクラスではうまくいっても、次のクラスではもうネタが割れていて外してしまう。この辺にもリアリティを感じます。
 しかし、シリアスだと思って読んでいると、卒業式で来賓みんなを酔っぱらわせるとか妙ないたずらが出てきてはぐらかされます。かといってのんきに読んでいたらまたシリアスになってびっくりする。一言でいうと、変な本です。その変さがたまらなく面白いです。