「きりんゆらゆら」(吉田道子)

きりんゆらゆら

きりんゆらゆら

 騙された騙された騙された。そりゃもう気持ちよく騙されましたとも。
 主人公は小学五年の荒太くん。彼は親の都合で何度も転校を繰り返している子で、別れの悲しさから逃れるためになるべく人と関わらないように過ごしていました。ところが今度の転校先でいつも黙っているクワガタくんという子が気になるようになりました。クラスメイトの話によるとその子は以前は今と180度違う性格をしていたのだといいます。なぜクワガタくんはいつも黙っているのか?荒太はクワガタくんと関わっていくうちに、クワガタくんが半年前に交通事故にあっていることを知り、驚くべき秘密にたどり着きます。クールに他人と距離を置いている子供が友情に目覚める話かと思いきや(もちろんそういう要素もあるのですが)、これがまさか読者を見事にはめる本格スピリットにあふれたミステリ作品だったとは……。吉田道子恐るべし。まさかあんな展開になるとは、全然予想できませんでした。読者をミスリードに導く手口が、現在の小学生の特性をうまく利用したもので実に巧妙です。ネタが割れた後、あれは伏線だったのか、これも伏線だったのかと気づかされる悔しさ。完敗でした。以下激ネタバレ。

 荒太は、クワガタくんの下の名前が「陽」であることを名簿で確認していました。そして、クワガタくんの母親が「うみ」と呼ぶのを聞き珍しい名前だと感心していました。ここが吉田道子の仕掛けた罠の肝です。わたしは最近の子供の妙にこった名前になれてしまって、もはや「陽」を「うみ」と読むくらいのことでは疑問に思わなくなっていました。そこが盲点でした。実はクワガタくんは事故で兄を亡くしていて、その兄の名前が「洋(うみ)」だったのです。母親は事故のショックで心を病んでいて、クワガタくんのことを亡くなった兄だと認識していました。クワガタくんの本当の名前は「陽(あき)」。つまり吉田道子のたくらみは、読者にクワガタくんを男だと思わせていたことだったわけです。性別を偽るというパターンはミステリでは珍しいものではありませんが、最近の子供の読み方不明、性別不明の命名傾向を利用しているところはこの作品のオリジナルです。
 後になって思えば伏線はあちこちに張り巡らされていました。たとえばわたしは、荒太くんが新しい学校の男女混合名簿を珍しがっていることに違和感を持ちました。今時混合名簿なんて珍しくないのに、なんでこんなことに触れているのだろうと。ここで気づけばよかったのですが、残念ながらその時点では疑問を深めることはできませんでした。ネタが割れてみればこれはあからさますぎるヒントですね。
 さて、ネタが割れてみると、実はこの作品がボーイミーツガールであることもわかります。その観点でみても楽しめる作品です。彼女が彼女であることがわかってからのほんの20ページちょいの内容の濃いこと濃いこと。
 吉田道子の作品はこれが初めてだったのですが、思わぬ拾いものでした。