「白いおうむの森」(安房直子)

白いおうむの森―童話集 (偕成社文庫)

白いおうむの森―童話集 (偕成社文庫)

 安房直子第二短編集の偕成社文庫化。
 たぬきがおでん屋さんに弟子入りする話「雪窓」はユーモラスな中にほろりとくる出会いも絡められた秀作です。「野ばらの帽子」は「あけがたのお月さまみたいなひと」と結婚する鹿の娘の家庭教師にさせられた男の物語です。主人公は親切に娘の教育をしたのに、秘密を守るために鹿の母親に呪いをかけられ、野ばらにされてしまいます。重層的に奏でられる悪夢のような幻想的なお話です。森で姿を消した弟を捜す姉の物語「ながい灰色のスカート」、すてきなボタン穴をかがる洋服屋で姿を消した妹を捜す兄の物語「野の音」は、それぞれカラーは違いますが、うしなわれたものを追い求める人間の切ない気持ちがひしひしと伝わってきます。
 この本も第一短編集「風と木の歌」にひけをとらない粒ぞろいの短編集ですが、中でも際立っているのは美しくもおそろしいホラー短編「鶴の家」です。漁師の長吉さんはあやまって撃ち落としてしまった丹頂鶴の化身から模様のない青いお皿をもらいます。それから長い月日が流れ、長吉さんには8人の息子ができます。その息子達も成長して孫をもうけたころ、長吉さんはぽっくりなくなりました。すると無地だったはずのお皿に一匹の丹頂鶴の姿が浮かび上がりました。さて、この後長吉さんの一族は戦争や病気でどんどん死んでいきます。そして人が死ぬたびにお皿に描かれた丹頂鶴の数が増えていきます。人の命の軽いこと軽いこと。まるで木の葉のようにはかなく散っていき、やがて長吉さんの一族は最後の1人、春子という娘だけが残されます。春子が嫁に行く日、もはや丹頂鶴でいっぱいになってしまったお皿が落ちて割れてしまいます。すると無数の丹頂鶴が春子を祝福するように飛び立ちました。はかない命がせいいっぱい若者の旅立ちを祝福する奇跡、しかし奇跡の後に残されたのは、ばらばらになった「もようのまったくない、空色のお皿」でした。春子は幸福を手にすると同時に、決定的な喪失も経験してしまいました。描写が淡々としているだけに、人の命のはかなさとかなしさが鋭い痛みを伴って胸に迫ってきます。