「夢でない夢」(天沢退二郎)

夢でない夢

夢でない夢

 表紙怖すぎだって。
 天沢退二郎の初期ファンタジーです。初版は大和書房から1973年に刊行されました。
 表題作の「夢でない夢」は悪夢をそのまま小説にしたようなシュールな作品で、あらすじの要約は不可能です。おぼろげにわかるのは、黒い鳥のばけものクロムとやらがいて、子供達の親をさらっているらしいということ。清子という少女を中心とする子供のグループがクロムと戦っているということ。主人公一郎の一家はなにかから逃れるように引っ越しを繰り返しており、一郎が学校に行っているあいだに家がかわることもしばしばであるらしいこと。その三点くらいです。
 世界を浸食する水の不気味さ、理不尽に消失する家族といった、その後の「オレンジ党」シリーズなどに継承されるイメージがすでにこの作品に散見されることが興味深いです。
 「光車」の龍子、「オレンジ党」のエルザに継承される戦う少女というモチーフもすでにあらわれています。「夢でない夢」の清子は人間性がみえないため不気味さは龍子やエルザとくらべものになりません。悪役のクロムより清子のほうがよっぽど怖いです。
 「四郎の夢」もタイトルどおり夢の話なのであらすじは紹介できません。連作形式になっており、最終話を除いて「そして四郎は目を覚ましました。」で終わります。どの夢も桃子という少女が登場することだけが共通していて、桃子は吊されたり空を飛んだりします。ストーリーらしいストーリーがなく、まさに夢のような不可解な出来事が語られるだけなのですが、これが不思議と四郎の桃子に対する思いが伝わってきて心を揺さぶられます。「そして四郎は目を覚ましました。」で終わらなかった最終章が四郎にとって幸福な結末だったのか判断は難しいですが、四郎を迎えに来た船が本当に桃子の使いであってほしいと願わずにはいられません。