「キップをなくして」(池澤夏樹)

キップをなくして

キップをなくして

 有楽町駅でキップをなくした少年イタルは、フタバコという少女につれさらわれ、「駅の子供」の仲間に入れられてしまいます。駅の子供とはキップをなくして駅から出られなくなってしまった子供達で、電車通学をする子供を様々な危険から守る役目を与えられていました。なぜか食べ物を口にしない少女、癇癪持ちの新入り、自らキップを捨てて駅の子供に仲間入りする中学生、いろんな子供達と関わりつつ、駅の子供の謎が次第に明かされていきます。
 「駅の子供」という設定を生み出した時点で八割方勝ったようなものでしょう。改札口から外へは行けないという制約はありますが、電車に乗ってどこでも行ける。職員用の食堂にもフリーパスで入れるし、駅構内でならどんなサービスでも無料で受けられる。本当に楽しそうな遊び場を作り出してくれました。鉄道オタクでなくてもこの設定には魅力を感じずにいられないでしょう。
 新入りの駅の子供によって駅の世界は揺さぶりをかけられ、やがて神のごとく君臨する駅長さんが引っ張り出されてきます。だんだん駅の秘密に迫っていく展開もスリリングで最後まで一気に読ませます。終盤で登場人物の口を借りて吐露される著者自身の死生観も興味深い。
 そういうわけで個人的には好きなタイプの話だったのですが、この作品をファンタジーとしてみるとちょっと物足りなさを感じてしまいます。ファンタジーというジャンルはいくらでも荒唐無稽なことを語れるからこそ、SFやミステリと同等かそれ以上に論理的整合性が求められます。その点でこの作品は甘いです。駅の子供は改札から出られないというルールが後半恣意的に運用され、駅から出てしまうことなどは見過ごせない瑕疵になっています。せっかくの楽しげな設定をものにしきれていません。非常にもったいない作品でした。