「ふしぎな森の転校生」(小川美篤)

ふしぎな森の転校生 (おはなしパーク)

ふしぎな森の転校生 (おはなしパーク)

 外国育ちで漢字が苦手な小太郎が転校してきたのは森の中にある小学校でした。字が書けないことをバカにされまいかと不安を抱えながらやってきた小太郎は思いがけない歓迎を受けることになります。
 素晴らしい価値観の転覆が描かれています。教室に入った小太郎は、転校生の自分でなくクラスのみんなから自己紹介が始められたことにまず驚かされます。しかしすごいのはその自己紹介の内容。みんなは嬉々として自分の欠点を話してきました。ただし、なまはんかな欠点では「おもろないで」とヤジを入れられてしまいます。みんなは笑いをとるために自分の欠点を語っていたのです。ここでは欠点がひどければひどいほど評価されるという価値基準の転倒が起きています。担任の先生までも忘れっぽいという欠点を笑いながら告白しました。小太郎も自分が漢字が書けないことを打ち明けますが、クラスの反応は「あかんわ、そんなの、いっこもおもろないわ」「漢字ができへん子、うちのクラスにはぎょうさん、いてるで」といったもの。小太郎はすぐにクラスになじんでしまいました。
 欠点をさらしても排除されることがない風通しのよい共同体が描かれています。現実の学校はというと、ゆとり教育の揺り戻しでかつてないくらいのはげしい競争主義、成果主義の世界になってしまっています。生徒も教員も評価をおそれ疲弊しており、学校は非常に息苦しい場所になっています。自分の欠点をさらすことなど自殺行為に等しいです。本作はそんな現実に対する痛烈な批判になっています。
 しかしこの学校はあくまで非現実の森の学校で、最後にクラスメイトや教師が木の化身であることを暗示して終わっているのがこの作品の限界ではあります。このテーマをもっとふくらませて、森の価値観が現実の学校で通用するのか検証してみると面白い長編ができると思います。