「ラッキーパールズ」(たからしげる)

ラッキーパールズ

ラッキーパールズ

 団塊世代の男が取引先の知り合いの死をきっかけに、少年時代の野球の思い出を回想します。
 時は昭和34年、主人公は小学4年生。主人公の所属する貧乏少年野球チームラッキーパールズは、中野の警察大学校内の野球場に忍び込んで練習をしていました。そこへ立派な道具を揃えたキングスという少年野球チームが現れ、場所を明け渡すように宣告しました。ラッキーパールズのメンバーは高圧的なキングスの態度に怯みながらも、試合を持ちかけます。キングスの監督キング氏の審判で、勝ち目の薄そうな試合が始まりました。
 うだるような暑さの中で繰り広げられる不条理劇。回想の中で主人公や友人たちの家庭環境にも触れられており、どうにもならない現実のやりきれなさが淡々と描かれていますが、この作品で最大の不条理の壁として立ちふさがるのがキング氏です。彼はキングスよりの不公平なジャッジをし、ラッキーパールズが抗議すると信じられない開き直りを見せます。

 審判は絶対だあ。ルールそのものだからな。じゃあ、だれが審判だよう。このおれだあ。ってことはな、このおれがルールってことよう。分かったかあ

 さらに彼は終盤まで試合がもつれ込むと自らピンチヒッターになり、そのあとピッチャーマウンドにまで立ってしまいます。大人げないにもほどがあり、敵も味方も読者もぽかーんとしてしまいます。背景では雷が鳴り響く始末。この辺、作者がノリノリで書いている様子がうかがわれます。終盤のおバカ展開は必見です。諦観を持って現実の厳しさを描いている作品ですが、たからしげるらしい独特のユーモアは忘れていません。
 もちろん彼独特の言語センスも存分に披露されています。グローブからこぼれたボールは「ごろにゃん、とばかりにじゃれついて」いきます。「『1たす1は2でしょ?』ときかれて、『違います』と答えたいのだが、どうしても答えられない人の唸り声」というたとえはわたしには難しすぎました。
 ちなみにこの本は2005年に出たばかりですが、出版社倒産のため自動的に絶版になってしまいました。もったいないことです。