「これは王国のかぎ」(荻原規子)

これは王国のかぎ (中公文庫)

これは王国のかぎ (中公文庫)

これは王国のかぎ (ファンタジーの冒険)

これは王国のかぎ (ファンタジーの冒険)

 「これは王国のかぎ」が中公文庫に落ちました。面白い本は何度読んでも面白い。和製の「生きて帰りし物語」の代表格といえる作品です。
 片思いの男の子を親友に奪われ最悪の気分で15歳の誕生日を迎えた主人公が、魔神族となってアラビアンナイト風の異世界にとばされ、王家のお家騒動に巻き込まれるお話です。
 この作品の特徴は主人公が脇役であることです。あまりおもしろみのない優等生だった主人公は自分が「上田ひろみ」であることがいやでいやでたまりませんでした。異世界で彼女は魔神族になり空を飛んだり姿を消したりする超能力を獲得し、人殺しまでして「こうなったら一人殺すのも二人殺すのも同じだ」という境地にいたるまでに自らを解放します。しかし物語の中心になるのは彼女ではなく愛し合う二人で、真実の愛の物語が始まると彼女は脇に追いやられてしまいます。なにもしないうちから失恋してしまった彼女は現実世界で恋愛物語の主役になることはできませんでした。その立ち位置は異世界でも変わることはありません。
 現実はままならないもの。異世界での冒険をとおし、彼女は脇役として生きて行くしかない現実に折り合いをつけていきます。現実世界にもどった彼女の言葉の力強さがまぶしいです。

 バスの通る街かどに秋のけはいがしている。いつもの道の、いつもの見慣れた風景を、ほんの少しだけちがうと気づかせる季節の流れ。日ざしの色。樹々の色。行き交う人々の服の色。バスの窓から、目ざとくそんなものに気づいたので、あたしは何かうれしくなった。なんだかわけもなく、ありふれた街までがすてきに見える。どうしてなのか、あたしは知っている。
 あたしが帰還したからだ。えっへん。