「ボクサー志願」(皿海達哉)

ボクサー志願 (偕成社コレクション)

ボクサー志願 (偕成社コレクション)

 皿海達哉の短編集。子供と青年の狭間で揺れる中学生男子の心の機微を瑞々しく描き出しています。
 表題作はサイモン&ガーファンクルの「ボクサー」のリズムで階段掃除をする男太田義正の初恋、少年と少女のついたささやかな嘘の物語です。
 「崖」は校内弁論大会の代表に選ばれた少年藤田智久が大恥をかくお話で、痛々しくて大変面白いです。智久と幼なじみの祥子も代表に選ばれ、二人は崖の上で語り合うのですが、そこで初めて智久は祥子を性的な視線で見ることになります。祥子がただ上着を脱ぐだけの動作がいやらしく粘着的に描写されているのが印象的です。
 「草を刈る人」では中学三年生の秀則が町内会の草刈りに参加します。草が鬱蒼と生い茂る原っぱは混沌とした空間で、使用済みのコンドームなど穏やかでないものが飛びだしてきます。秀則はそこで、切れば切るほど切れ味の増してくる鎌を拾い、黙々と作業を進めます。作業に集中しながら秀則はさまざまなことに思考をめぐらせます。母親が好きな沢田研二の歌のこと、授業で習った詩経のこと、同級生の竜野に使い走りにされていること。草刈りを続ける中で秀則は「労働」の意味に目覚め、竜野の命令に抵抗することを決心します。

 それに、たかが半日の草刈りを「労働」とよぶことができないのは当然のことながら、〈草刈り〉は〈使い走り〉よりは、はるかにまだ「労働」に近いという、思想の芽のようなものが、秀則の心の中のどこかに形づくられてきていたことも、たしかなのであった。(135ページ)