「夜の三角形」(長谷川集平)

夜の三角形

夜の三角形

 長谷川集平の児童文学デビュー作です。現在絶版ですが、青空文庫で読むことができます。冒険心に富んだ本で、奇書と呼んでも差し支えなかろうと思います。
 語り手は売れてなさそうなミュージシャンの「ぼく」。彼はいつも「夢だね」「現実的じゃないな」「世の中はもっと複雑なんだ」といった心ない言葉に悩まされていました。「ぼく」は誕生日にさよちゃんという女の子に歌を歌ってもらったらしく、そのお礼に書いた本がこの「夜の三角形」だという設定になっています。
 まず戦争をやめた世界の寓話が語られ、次に「ぼく」のつくった歌が著作権侵害の疑いをかけられたエピソードが披露されます。この二つの寄り道を経て話の本編が始まります。本編では少年時代の「ぼく」が友達と秘密の隠れ家を造った思い出が語られます。
 この隠れ家の思い出は楽しいだけのものではありませんでした。彼らは不条理な暴力の恐怖にさらされていました。隠れ家の中に三角定規が投げ込まれるという事件が起きたのです。三角定規は友達の額に突き刺さり、流血の事態になってしまいました。この襲撃は一度では終わりませんでした。四度目の襲撃では金属製の定規が投げ込まれ、子供達は命の危険を感じておののきます。
 学校で日常的に使われる三角定規が凶器として再発見されるのが不気味です。画家のををうちやすをも冒険をしていました。襲撃の場面では脈絡なく象や怪獣が暴れる様を描き、作品の不条理感を倍加させています。
 三角定規を投げ込んだ犯人は最終的に明らかになりますが、この出来事が起こった理由については明確な答えは出ません。やがて「ぼく」は自分たちの造った隠れ家がトーチカに似ていることに気づきます。
 隠れ家のエピソードの後、「ぼく」はすこしだけ自分の近況にふれました。自分の仲間が亡くなったこと、そして自分が仲間の死に対して重大な勘違いをしてしまったこと。ここでその後が語られることによって、「ぼく」が子供時代に感じたわけのわからなさは未熟だから感じていたものではなくて、大人になってもそれと向き合わなくてはならないという絶望的な現実があぶり出されてしまいます。これが長谷川文学の特徴ではなかろうかと思います。彼の児童文学作品の大きな特徴は、この作品に顕著なように、子供に語りかける姿勢を鮮明にしているところです。しかし高いところからお説教を垂れ流されるようないやらしさはあまり感じられません。その理由は彼が自分も迷いながら生きていることを隠さず真摯にメッセージを発しているところにあるのでしょう。