「ものまね鳥を撃つな」(三田村信行)

ぼくたちの計画、それはいってみれば、空に道をつくるということかもしれない。もちろん空に道はない。空をゆく人が多くなればそれが道になるのだ。

 小学生が田舎から上京してきた青年に空を飛ぶ方法を教わるお話です。といってもまったく心楽しい話にはならず、空を飛ぶ秘術を知った子供達は国家権力がバックについているKKKなる組織の太田黒という男につけねらわれ、空を飛ぶすべを奪われてしまうことになります。
 「おとうさんがいっぱい」のような不条理系とはテイストが違いますが、こちらもトラウマ度の高い傑作です。
 まず子供達に飛行術を教える青年の扱いが特異です。知恵を授ける役回りなのだから英雄的に扱われてもよさそうなものですが、この青年は徹底して弱い人間として描かれています。
 初登場の場面、主人公の俊男の前に青年坂本さんはぼろぼろの状態で現れます。かれは俊男の父親いわく「おれのおじさんのいとこが嫁にいった先の姉さんのもらいっ子……うーん、ようするに遠いしんせきだ」そうで(ようするに他人ですね)、身寄りをなくし父親を頼って上京してきました。ところが運悪くチンピラに絡まれ、しこたま殴られてしまいました。この後もこの調子で、坂本さんは世の中の不幸を一身に背負っているような弱者として描かれます。新聞屋で仕事を始めると、配達中にたちの悪い高校生にどつき回されます。強くなりたいと一念発起してボクシングを始めますが、大一番になると逃げ出してしまいます。物語の前半は俊男の視点でこの青年のダメさを観察するだけの話なので、どういう方向に物語が進んでいくのか読者はどまどいながら読み進めていくことになるでしょう。
 さて、青年や子供達が弱いのに対して、飛行を弾圧する側は強大な力を持っています。子供達が空を飛んで楽しい思いをするのはつかのま、後半は太田黒に追いつめられていく鬱々な展開になります。
 KKKのやり方は非常にたちの悪いものでした。坂本さんが田舎にいたとき、太田黒は警察を装って周囲に彼について聞き込みを行っていました。おかげで坂本さんは田舎に居づらくなり上京せざるをえなくなります。同じく空を飛んでいた坂本さんの友人は自殺にまで追い込まれてしまいました。
 空を飛べるようになった子供達を太田黒はこのように脅迫しました。

 高橋雄治。きみのお父さんは大学教授で、お母さんは雑誌社につとめているが、お父さんは大学を、お母さんは雑誌社を辞めさせられるだろう。天野浩一。有名な書家であるきみの父親は、ニューヨークで個展をひらく準備をしているようだが、たぶん中止になるだろう。それもなにか不名誉な理由で。(中略)
 ことわっておくが、わたしがいまいったようなことを直接やるわけではない。わたしはただ報告書を書くだけだ。その報告書にもとづいて、KKKがきみたちの親の勤め先や関係者に、きみたちの親が不利になるような情報を流す。その結果、いまいったようなことが起こるというわけだ。

 親を人質に取られたら子供にはどうしようもありません。KKKには直接的な暴力を行使する力もあるのでしょうが、それを使わず世間を利用して個人を追いつめていくのがなんともいやらしいです。
 弱いものが強いものに完膚無きまでにたたきのめされ負けるさまを容赦なく描いているから、この作品は強烈な印象を残すのでしょう。ラストはかすかな希望を提示して終わりますが、それよりもKKKにひどいめにあわされたことばかりが印象に残るので読後感は最悪です。